査察官は数字しか見ない。しかし、数字に載らないものもある⑤
昼。
配給品の昼食パックを開けようとしたら、いつもと違うものが入っていた。
レトルトカレー。
「…………」
カレーだ。ちゃんとしたカレーかは分からないが、栄養ブロックではなく、カレーが入っている。パッケージには「特別配給・月次査察実施区画向け」と印字されていた。
査察のある区画には、特別配給でカレーが出るらしい。
カイムの予言が当たった。
リビングに行くと、全員がカレーのパックを手にしていた。
「つかさ! カレーだよ! カレー!」
ラグナが跳ねている。床が揺れるが、今日は許す。カレーだから。
セラが嬉しそうに笑っている。空間が歪んでいるが、今日は許す。カレーだから。
メルトがノートを掲げた。
『カレー。はじめて見た。おいしいの?』
「食べてみてください」
ノクスですら毛布から出てきた。カレーの力は偉大だ。
全員でテーブルにつき、レトルトカレーを温めて食べた。
味は、まあ、レトルトだ。しかし栄養ブロックしか知らない彼女たちにとっては、革命的な食事だったらしい。
「おいしい!!」
ラグナが叫んだ。テーブルが振動した。皿がかたかた鳴った。
「おいしいね!」
セラが笑った。スプーンが微かにたわんだ。空間歪曲でスプーンが曲がっている。
メルトは無言で――もちろん無言で、もぐもぐと食べていた。ノートに一行だけ書いた。
『おいしい。』
シンプルだが、メルトにしては最大級の賛辞だ。
ノクスはカレーを三口食べて、言った。
「……チョコのほうがいい」
この子は本当にブレないな。
カイムは微笑みながら食べていた。
「ね、言ったでしょ? カレー、出るって」
「当たりましたね」
「査察のたびに出るなら、査察も悪くないかも」
査察の価値をカレーで測るな。
しかし、テーブルを囲んで同じものを食べる光景は、なんだか家族みたいだった。壊滅的に危険な家族だが。笑えば壁が割れ、声を出せば空気が凍り、不機嫌になれば記憶が消える家族。
でも、カレーを食べて「おいしい」と言う彼女たちは、ただの女の子だった。
榊原さんにも見せてやりたかった。数字に載らない、この子たちの価値を。
◇◇◇
夕方。事務室。
端末に業務日誌を入力した。
<業務日誌 50億2025年4月24日 灰嶋司>
<本日の業務内容:品質管理部査察対応>
<査察結果:正式評価は後日通知。閉鎖勧告の可能性あり。>
<特記事項:カイムの予言によりカレーの配給を事前に予知していたが、査察には活用できず。>
<所感:数字に載らないものを、どう守ればいいのか分からない。でも、守る。>
自動返信。
<査察対応お疲れ様でした。なお、特別配給のカレーは査察実施区画への慰労品です。次回の配給は未定です。>
次回未定。カレーは一期一会。
まあいい。
区画が閉鎖されなければ、またいつか食べられるだろう。
閉鎖されなければ。




