査察官は数字しか見ない。しかし、数字に載らないものもある④
収容エリアに入る。
リビングスペースに、彼女たちがいた。
ノクスはソファで寝ている。メルトはテーブルでノートを書いている。セラは壁際に立っている。ラグナは――歩いていた。ちゃんと歩いている。偉い。カイムはソファの端で微笑んでいる。
榊原が入ってきた瞬間、空気が変わった。
ノクスの毛布がぴくりと動いた。セラの笑顔がこわばった。メルトのペンが止まった。ラグナが足を止めた。
カイムだけが、変わらず微笑んでいた。
「品質管理部の榊原です。本日は査察でお邪魔しています」
榊原は変位個体たちに向かって、事務的に挨拶した。
ノクスが毛布から顔を出した。
「……だれ?」
「品質管理部の査察官です」
「ふーん」
ノクスは興味なさそうに毛布を被り直した。しかし、俺は気づいた。ノクスの手が毛布の中で握りしめられていることに。
榊原は端末を操作しながら、個体ごとのデータを確認している。
「変位個体001、ノクス。分類名【忘却の魔王】。抽出効率は平均的。事故率は中程度。修繕費は0ポイント。物理的損害なし」
ノクスのデータを読み上げる声に、感情が一切ない。
「変位個体002、セラ。分類名【現実裂きの勇者】。抽出効率は高いが不安定。修繕費月額31万ポイント」
セラがしゅんとした。数字で評価されることに慣れていない。
「変位個体003、メルト。分類名【沈黙の魔女】。抽出効率は安定。事故率最低。修繕費2万ポイント。消耗品費としてノート代が月額3000ポイント」
メルトはノートに何か書いたが、見せなかった。
「変位個体004、ラグナ。分類名【破壊の結晶獣】。抽出効率は最高値。しかし修繕費が突出。費用対効果については先ほど議論済み」
ラグナは黙って立っていた。いつもの笑顔がない。数字で自分が語られていることが、分かっているのかもしれない。
「変位個体005、カイム。分類名【境界の魔法少女】。抽出効率は不安定だが事故率はゼロ。修繕費0ポイント」
カイムが口を開いた。
「ねえ、査察の人」
榊原が顔を上げた。
「今日のお昼、カレーが出るよ」
「……は?」
「カレー。配給品じゃなくて、ちゃんとしたやつ。楽しみだね」
榊原は一瞬だけ無表情が崩れた。困惑。……しかし、すぐに戻った。
「……意味が分かりませんが」
「分からなくていいよ。お昼になったら分かるから」
カイムの予言。タイミングが最悪だ。
「灰嶋さん、この個体の発言は……?」
「カイムは時々、未来の出来事を口にすることがあります。精度は――まちまちです」
「精度がまちまちな未来予知に、管理上の価値はありますか」
「先日の臨界点では、カイムの予言が事前対応に役立ちました」
「数値化できますか」
「……難しいです」
「数値化できないものは、報告書に載せられません」
そう言って、榊原は端末を閉じた。
「査察は以上です。午後に報告書をまとめ、後日、正式な評価を通知します」
そして、何の感情も込めずに言った。
「率直に申し上げます。この区画の修繕費は全区画中ワースト1位。抽出装置は旧型。人員は最小。臨界点対応で隣接区画にまで被害を出した実績がある。数字だけで見れば、閉鎖勧告の対象です」
閉鎖勧告。
「ただし」
榊原は俺を見た。
「臨界点を第一段階で鎮圧した実績は評価に値します。新人で第一段階鎮圧は、組織の記録上三例目。この点は報告書に記載します」
「……ありがとうございます」
「感謝は不要です。事実を記載するだけです」
榊原は踵を返し、ゲートに向かった。
その背中に、声がかかった。
「ねえ」
ノクスだった。毛布から顔だけ出して、榊原の背中を見ている。
「あんた、あたしたちのこと、数字でしか見てないでしょ」
榊原が振り返った。
「それが、私の仕事です」
「ふーん。じゃあ、あんたの仕事、つまんないね」
「つまらなくても、必要な仕事です」
「……あたしたちを閉鎖するとかいうやつ、あんたが決めるの?」
「最終判断は上層部です。私は数字を提出するだけです」
「数字しか出さないくせに、あたしたちがどうなるか決まるんだ」
ノクスの瞳が、まっすぐに榊原を見ていた。不機嫌ではない。冷たくもない。ただ、じっと見ている。
その瞬間、榊原の目が一瞬だけ動いた。
ほんの一瞬だ。何を思って、どんな感情を抱いたのかまでは分からない。でもいま、数字しか見ないはずの人がノクスを数字じゃなく、一人の存在として見たような気がした。
「……失礼します」
榊原は背を向け、ゲートを出ていった。
扉が閉まった。
「……なにあいつ」
ノクスが毛布を被った。
「あたしのこと、0ポイントとか言いやがって。修繕費0だからって、あたしの価値が0なわけじゃないんだけど」
「大丈夫。僕は分かってますよ、ノクスさん」
「……ふん」
修繕費0ポイントのノクスが、一番怒っていた。
数字に載らない価値を、一番分かっている子だった。




