深層は、ゆっくりと這い上がってくる③
夜。自室。
端末で深層について調べる。閲覧可能な情報は少ないが、いくつかのことは分かった。
深層は、地下200階以下に広がる封印区画群だ。第七区画がある117階からさらに80階以上下。そこには「通常の変位個体では制御できない」レベルの存在が封印されている。
封印は全部で12区画。D-01からD-12。それぞれに少なくとも一体の封印級変位個体が収容されている。
D-07。今日エネルギー漏洩が検知された区画。そこに何が封印されているかは、閲覧制限。しかし、D-07の管理記録の一部だけは読むことができた。
<D-07封印区画 管理記録(抜粋)>
<封印実施日:50億1932年(太陽再構築の7年後)>
<封印強度:S級(最高位)>
<過去の漏洩記録:3件>
<最終漏洩:50億2024年11月(約5ヶ月前)>
<漏洩時の影響:上層区画にて重力異常、空間歪曲、時間遅延が発生。対応した管理者1名が死亡。>
最終漏洩が五ヶ月前。対応した管理者が一名死亡。
五ヶ月前。去年の十一月。
佐久間さんが死んだ時期と重なる。
カイムが言っていた。「佐久間さんは臨界点には強かった。でも、深層から来たものには勝てなかった」
佐久間さんを殺したのは、D-07の漏洩だったのか。
端末を閉じた。
五ヶ月前に一度漏洩し、管理者を一人殺し、そして今また封印が緩み始めている。
カイムの一ヶ月という見通しは外れた。実際には、二週間も持たなかった。次の漏洩はもっと早いかもしれない。
月曜日には査察がある。予算が削られたら、この区画の防御力はさらに下がる。
深層は上がってきている。査察官はやってくる。チョコの在庫は半個。メルトのノートは新品十冊。ガムテープは事務室にある。防護スーツは新品。
死にそうな要素と、生きていける要素が、入り混じっている。
管理者マニュアル(灰嶋版)に、新しい項目を書いた。
第九項:深層の情報を集めること。知らないことが一番危ない。
第十項:査察官が来ても、彼女たちを守ること。
保存して、端末を閉じた。
明日もここで生きる。
面倒ごとの数は増えたが、やることは変わらない。
抽出して、巡回して、チョコを渡して、ノートを補充して、一緒に走って、予言を聞いて。
それが俺の仕事だ。
人類最後のブラック企業の、世界で一番割に合わない仕事。
でも最近、割に合わない仕事が、少しだけ嫌いじゃなくなってきた。
たぶん、毒されている。




