深層は、ゆっくりと這い上がってくる①
来週の金曜日は、まだ来ない。
その前に、面倒ごとが先に来た。
四月二十一日。金曜日。臨界点から九日後。
朝の端末確認で、見慣れない通知が表示されていた。
<社内通達 第4,812,006,301号>
<件名:第七地下区画への査察について>
<関係各位>
<先日発生した臨界点に関する報告を受け、品質管理部による査察を実施いたします。>
<査察日:4月24日(月)>
<査察内容:変位個体の管理状況、設備の運用実態、抽出効率の確認>
<査察官:品質管理部 榊原環>
<備考:査察結果は今後の予算配分に反映されます。ご協力をお願いします。>
査察。
「戸波さん」
「読みましたよ」
戸波さんは事務室に来た時点で、すでに諦めた顔をしていた。
「品質管理部の査察は、要するに予算削減のネタ探しです。何か問題が見つかれば、それを理由に配給ポイントや修繕費が削られる」
「修繕費を削られたら、ラグナが走った後の通路を直せなくなるんですけど」
「そうなりますね」
「通路を直せなかったら、次の抽出ができなくなるんですけど」
「そうなりますね」
「抽出ができなくなったら暴走するんですけど」
「そうなりますね」
「全部そうなりますねじゃないですか」
「そうなりますね」
壊れたテープレコーダーと話しているみたいだ。
「榊原環という人は、どういう人ですか」
「品質管理部のエース。切れ者です。数字しか見ない人で、現場の事情は考慮しません。効率が低ければ予算を削り、事故が多ければ人員を削り、問題があれば区画ごと閉鎖を勧告する」
「区画閉鎖?」
「可能性としてはありますよ。第七区画の修繕費は全区画中ワースト1位ですから。上から見たら、費用対効果の悪い区画を閉鎖して、変位個体を他の区画に分散させたほうが効率的、という判断になり得る」
彼女たちがバラバラにされる。
「それはダメです」
「ダメだと思いますよ。でも、査察官を説得するには、数字で示す必要があります」
「数字……」
「抽出効率。第七区画の変位個体五体から回収されるエネルギーが、太陽維持にどれだけ貢献しているか。その数字が修繕費に見合うものであれば、閉鎖の話にはなりません」
抽出効率。エネルギー回収量を修繕費で割ったもの。
「戸波さん、その数字はどうなんですか」
「実は悪くないんです。ラグナちゃんのエネルギー回収量は全変位個体中でもトップクラスですし、五体合計の供給量も、上位区画に引けを取りません。問題は修繕費が異常に高いこと。つまり、分母が大きい」
「分母を小さくするか、分子を大きくするか」
「灰嶋くん、数字に強いですね」
「生き延びるのに必要なだけです」
査察は月曜日。あと三日。
三日で、この区画の存在価値を数字で証明しなければならない。




