平穏な日々は、だいたい次の災害の前振りである④
午後。セラの抽出中。
今日のセラのエネルギー値は106%。安全圏まで下げるだけの軽い抽出。つまらない話をしながら進める、いつもの作業だ。
「今日のつまらない話はなんですか」と訊かれたので、「月次報告の修繕費について」を選んだ。
「セラが笑って壊したものの修繕費が、先月31万ポイントでした」
「さんじゅういちまん!?」
驚いた。空間歪曲率が跳ねた。装置が警告を出す。
「セラ、落ち着いて」
「ご、ごめん!」
深呼吸。数値が戻る。
「あたし、そんなに壊してた……?」
「ドアフレーム三個、構造物のひび割れ二十三件、時計一個」
「時計?」
「空間歪曲で内部機構が狂いました」
「……ごめん」
セラがしゅんとした。エネルギー値が下がる。落ち込むと空間制御が安定するらしい。皮肉な性質だ。
「謝らなくていいです。壊れたら直す。それが俺の仕事なので」
「でも、31万ポイント……」
「修繕費の請求書は俺が書きます。セラは笑ってていいです」
「……笑ったら壊れるのに?」
「笑わないセラのほうが怖いです」
セラが少し笑った。壁に微かなひびが入った。
修繕費31万1件目。しかし、このひびの代わりにセラが笑ったなら、安いものだ。
106%……100%……95%……89%。安全圏。完了。
「おつかれさま、つかさ!」
「おつかれさまです」
「……ねえ、つかさ」
「はい」
「あたしね、ここに来る前のこと、あんまり覚えてないんだ」
唐突は告白だった。セラの表情もいつもと違う。笑顔じゃなく……少し遠い目だ。
「【現実裂きの勇者】って呼ばれてるけど、勇者だった頃のこと、ぼんやりとしか覚えてない。誰かを愛してたこと。その人を失ったこと。悲しくて、空間が裂けたこと。それだけ」
「……辛いですね」
「ううん。辛くないよ。だって覚えてないから。でもね、ときどき胸がぎゅってなる。理由は分かんないけど。たぶん、忘れた何かが、まだここにあるんだと思う」
セラが胸に手を当てた。その瞬間、部屋の空間がわずかに揺らいだ。
「セラ」
「ん?」
「ここでの記憶は、俺が覚えておきます」
「……え?」
「ここでの記憶は、忘れないようにします。俺が」
セラの目が見開かれた。
「――うん」
頷いた。それから、いつもの笑顔に戻った。今度は空間が歪まなかった。
「つかさって、たまにすごいこと言うよね」
「言ったつもりはないですけど」
「言ったつもりがないのがすごいんだよ」
よく分からないが、セラが笑顔で、空間が歪んでいないなら、それでいい。




