平穏な日々は、だいたい次の災害の前振りである③
昼休憩。メルトが事務室に来た。最近、昼はだいたいここで一緒に食べている。
メルトは向かいの椅子に座り、栄養ブロックを齧りながら、ノートに何か書いている。いつもの光景だ。
しばらくして、ノートをこちらに向けた。
『つかさ、質問がある。』
「どうぞ」
『わたしの声が凍らない方法って、あると思う?』
「…………」
重たい質問だった。
「正直に言うと、分かりません。変位個体の能力を消す方法は、少なくともこのマニュアルには書いてないです」
『マニュアル、表紙しかないよね。』
「そうでした」
メルトはペンを止めて、少し考えてから書いた。
『消したいわけじゃない。ただ、凍らない声が一言だけでも出せたらいいなって、思うことがある。』
「一言だけ?」
『うん。たとえば「おはよう」とか。「ありがとう」とか。そういう、普通の言葉を、普通に言えたら。ノートに書くのと、声で言うのは、やっぱり違うから。』
ノートを介さない「ありがとう」。それがメルトの望みだ。
「戸波さんに訊いてみます。能力の部分制御について、過去に研究したデータがあるかもしれない」
『ありがとう。でも、無理しなくていい。今のままでも、つかさはちゃんと読んでくれるから。』
「読みますよ。何冊でも」
メルトはノートを閉じ、栄養ブロックの最後の一欠片を口に入れた。
立ち上がる前に、もう一行だけ書いた。
『ノート越しでも、つかさに声が届いてるなら、それでいい。今は。』
そう書いて、メルトは静かに出ていった。




