平穏な日々は、だいたい次の災害の前振りである②
月次報告と格闘しながら、午前中の抽出を回す。
ノクスの抽出。今日のエネルギー値は103%。安全圏の上限をわずかに超えている程度。軽い抽出で済む。
「ノクス、始めますよ」
「……ん」
目を閉じたまま。今日は毛布を持ち込んでいない。珍しく素直に椅子に座っている。
装置を起動する。103%……100%……97%……。順調に下がる。
「ね」
「はい」
「銀紙、あった?」
「チョコの銀紙ですか? まだ来月分のチョコが届いてないので、銀紙もまだです」
「……そう」
95%……92%……90%。安全圏の中央。完了。
「終わりです」
ノクスが薄目を開けた。
「……あんたさ」
「はい」
「銀紙集めてどうするかとか、訊かないの」
「訊いてほしいんですか」
「べつに」
「じゃあ訊きません」
「…………」
ノクスが、じっとこちらを見ている。
「……訊いてもいいけど」
訊いてほしいのか訊いてほしくないのかどっちだ。
「じゃあ訊きます。銀紙を集めてどうするんですか」
「……あたしが覚えてたいものリスト、作ってる」
「覚えてたいもの?」
「あたしの力は、忘れさせる力。でもあたし自身も、ときどき忘れる。前の管理者の顔とか。名前とか。ずっと前にいた人のこととか」
ノクスの声が、いつもの気だるさとは違うトーンになっていた。
「銀紙は残るから。チョコは食べたらなくなるけど、銀紙は残る。だから、チョコをもらった日と、誰にもらったかを銀紙に書いておく。忘れないように」
忘却の魔王が、忘れないための手段を探している……か。
「……そうだったんですか」
「べつに大した理由じゃない」
「いえ。大事な理由だと思います」
ノクスは目を逸らした。
「……来月のチョコ、ちゃんと二個ちょうだい」
「約束します」
「銀紙も」
「はい、銀紙も」
管理者マニュアル(灰嶋版)に追記した。
第七項の補足:ノクスが銀紙を集めるのは、覚えていたいから。絶対に捨てるな。




