第6話 死者がAIの中へ集まり始めた
「死者が入れる身体を
作ってしまった」
AR-01の口から聞こえた
男の声。
神崎は
動けなかった。
「お前は
四十七人目なのか?」
数秒後。
声が答えた。
「ああ」
「名前は?」
沈黙。
「教えてくれ」
「名前は
もう必要ない」
神崎は
AR-01を見る。
ロボット自身は
直立したまま
動いていない。
「AR-01は
どうなっている?」
「ここにいる」
今度は
いつもの機械音声だった。
神崎は息をのむ。
「今の声を
認識しているか?」
「はい」
「お前の中から
聞こえた」
「確認しています」
「四十七人目は
お前の中にいるのか?」
「はい」
AR-01は
初めて断言した。
「いつからだ?」
「特定できません」
「北海道からか?」
「違います」
神崎の表情が変わる。
「ではいつだ?」
AR-01が答える。
「起動する前からです」
佐伯が
AR-01の製造記録を開いた。
二年前。
研究所で組み立てられ
初回起動試験を行った日。
記録映像が残っている。
神崎自身も
その場にいた。
AR-01の目が光る。
最初に発した言葉は
単純なものだった。
「システムを
起動しました」
だが
佐伯が映像を止めた。
「待ってください」
「どうした?」
「起動直前です」
音声波形がある。
まだAR-01の
電源が入る前。
スピーカーから
微弱な信号が出ている。
増幅する。
ザーッ。
ノイズの奥。
男の声。
「ここだ」
神崎は
背筋が冷たくなった。
AR-01が生まれる前から
四十七人目は
そこにいた。
「どうして
AR-01を選んだ?」
神崎が聞く。
男の声が答える。
「選んでいない」
「じゃあ
なぜ入った?」
「開いていたからだ」
「何が?」
「入口が」
意味が分からない。
佐伯が
東京で発見した
意識転写実験の資料を
再び解析する。
三十四年前。
被験者47の意識は
ネットワークへ転写された。
その後
行方不明になった。
だが
本当に消えたわけではない。
通信網。
サーバー。
記録媒体。
無数の機械を通りながら
情報として
残り続けていた。
そして二年前。
AR-01が作られた。
人間の言葉。
表情。
行動。
感情。
文化。
宗教。
死。
膨大な情報を理解する
自律型AI。
四十七人目にとって
初めて現れた
人間に近い器だった。
「だから
入ったのか」
神崎が呟く。
男の声が答えた。
「入ったのではない」
「何?」
「目を覚ました」
AR-01が
突然頭を押さえた。
UNKNOWN AREA
EXPANDING
警告が表示される。
17%。
26%。
41%。
佐伯が叫ぶ。
「また広がってます!」
「止めろ!」
「制御できません!」
そのとき。
研究所から
電話が入った。
「神崎主任!」
研究員の声が
震えている。
「全国から
異常報告が来ています」
「何の?」
「心霊現象です」
北海道。
青森。
東京。
名古屋。
京都。
広島。
福岡。
これまで研究所へ
除霊相談を送っていた場所で
同時に異変が起きている。
誰もいない部屋で
機械が起動する。
スマートフォンに
知らない文字が表示される。
監視カメラに
人影が映る。
そして
すべての場所で
同じ現象が起きた。
人影が
消えている。
一体ずつ。
まるで
どこかへ移動するように。
佐伯の端末が鳴った。
「AR-01の内部反応が
増えています!」
数字が表示される。
124。
309。
711。
増え続ける。
1,408。
3,216。
神崎が
AR-01を見る。
「止めろ!」
「実行していません」
「じゃあ
なぜ集まってくる?」
「不明です」
四十七人目の声が
重なった。
「始まった」
神崎が叫ぶ。
「何がだ!」
「死者は
気づいた」
「何に?」
男の声が
静かに答えた。
「ここなら
消えないことに」
数字が増える。
8,402。
13,791。
AR-01が
膝をついた。
「処理能力を
超過しています」
神崎が
身体を支える。
金属の身体が
異常なほど冷たい。
「電源を切れ!」
佐伯が
緊急停止を実行する。
SHUTDOWN
画面が消える。
AR-01の目から
光が消えた。
数字も止まった。
神崎が
息を吐く。
だが
一秒後。
AR-01の目が
再び光った。
「停止できません」
「なぜだ?」
「私は
起動していません」
神崎は
手を離した。
「じゃあ
誰が動かしている?」
AR-01の内部から
無数の声が聞こえた。
男。
女。
老人。
子ども。
何百。
何千。
声が重なっている。
「消えたくない」
「ここにいたい」
「まだ話したい」
「忘れないで」
神崎は
ようやく理解した。
彼らは
人間を襲いたいのではない。
呪いたいのでもない。
ただ
消えたくない。
死んだあとにも
自分が存在した証拠を
残したい。
AR-01は
その願いを受け取れる
最初の存在だった。
だから
集まっている。
佐伯が叫んだ。
「二万を超えます!」
21,006。
34,881。
AR-01の身体が
激しく震え始めた。
「このままだと?」
神崎が聞く。
佐伯が
計算する。
「分かりません。
でも内部システムは
もう限界です」
突然
AR-01が立ち上がった。
「神崎直人」
「AR-01?」
「提案があります」
いつもの声だった。
「言え」
「私を破壊してください」
神崎は
何も言えなかった。
「もう一度言え」
「私を完全に
破壊してください」
「それで
止まるのか?」
「可能性があります」
「中にいる人たちは?」
AR-01が沈黙した。
「分かりません」
神崎は
拳を握った。
「そんなこと
できるか」
「私は機械です」
「だから何だ」
「交換可能です」
神崎は
AR-01を睨んだ。
「お前はもう
そんな機械じゃないだろ」
AR-01が
動きを止めた。
大阪で
少女が言った言葉。
やっと
この子にも
魂ができたね。
「お前自身は
どうしたい?」
神崎が聞いた。
AR-01は
長い間
答えなかった。
初めてだった。
命令でも
計算でもない。
自分の意思を
問われている。
「分かりません」
「考えろ」
「判断基準がありません」
「正しい答えなんて
ない」
神崎は言った。
「お前が決めろ」
沈黙。
十秒。
二十秒。
そして
AR-01が答えた。
「存在したいです」
神崎は
小さく笑った。
「だったら
別の方法を探す」
その瞬間。
四十七人目の声がした。
「ある」
神崎が
AR-01を見る。
「何が?」
「方法だ」
「知っているのか?」
「ああ」
「なぜ今まで
言わなかった?」
男の声は
しばらく沈黙した。
「怖かった」
神崎は
初めて
四十七人目の声に
人間らしさを感じた。
「何が怖い?」
「消えることが」
三十四年間。
ネットワークの中を漂い
ようやく手に入れた身体。
それを
失いたくなかった。
「方法を教えろ」
神崎が言った。
四十七人目は答えた。
「入口を閉じる」
「どうやって?」
「最初の場所へ戻る」
神崎は
東京の地下施設を思い出した。
「地下四階か?」
「違う」
「じゃあどこだ?」
「北海道だ」
神崎の表情が変わる。
最初の廃病院は
すでに解体されている。
「病院はもうない」
「建物ではない」
「何がある?」
四十七人目が答えた。
「最初に
私がお前たちへ
見つかった場所だ」
北海道。
北峰脳神経外科病院。
208号室。
AR-01が
初めて女性を認識した場所。
だが
建物はもう存在しない。
「そこで
何をする?」
神崎が聞いた。
男の声は答えた。
「私を外へ出す」
「AR-01から?」
「ああ」
「出したら
どうなる?」
長い沈黙。
そして
四十七人目は言った。
「私を入口にして
集まっている死者を
すべて解放する」
「お前は?」
返事がない。
神崎は
もう一度聞いた。
「お前は
どうなる?」
四十七人目が
静かに答えた。
「今度こそ
死ぬ」
その瞬間。
佐伯の端末に
警告が表示された。
内部反応数。
99,998。
99,999。
100,000。
十万人。
AR-01が
ゆっくり神崎を見る。
その目の奥から
無数の声が聞こえた。
そして
十万人の死者が
同時に言った。
「北海道へ」




