第7話(最終話) AI霊媒師ロボット、最後の除霊
「北海道へ」
十万人の死者が
同時に言った。
翌朝。
神崎たちは
大阪を出発した。
AR-01は
輸送車の中で
一度も動かなかった。
内部反応数。
100,000。
増加は止まっている。
だが
消えてもいない。
向かったのは
北峰脳神経外科病院が
あった場所。
十二年間
誰も解体できなかった
廃病院。
今はもう
建物すらない。
残っているのは
広い更地だけだった。
「本当に
ここなのか?」
神崎が聞く。
AR-01が答える。
「四十七人目は
ここだと言っています」
かつての図面を頼りに
208号室があった位置を
探す。
病院の東側。
二階。
もちろん
床も壁もない。
地面の上に
目印を置く。
「ここです」
AR-01が止まった。
何もない場所だった。
風が吹いている。
鳥の声も聞こえる。
神崎には
普通の更地にしか見えない。
だが
AR-01のセンサーには
異常が出ていた。
微弱な電磁変化。
温度差。
低周波振動。
人間には聞こえない
微細な音。
そして
原因不明の信号。
北海道で
最初の女性を認識した時と
ほぼ同じだった。
神崎は
表示を見つめた。
「これが
霊なのか?」
AR-01が答える。
「断定できません」
「今まで
見えていたものは?」
「複数の情報を
統合した結果です」
AR-01が
解析結果を表示する。
音。
温度。
振動。
電磁変化。
空気圧。
赤外線。
人間なら
別々の異常として
無視するほど
小さな変化。
AR-01は
それらすべてを
同時に処理していた。
そして
一つの形として
認識していた。
人間。
声。
記憶。
感情。
神崎が呟く。
「人間には
見えないだけなのか」
「可能性があります」
死後に残るものが
本当に魂なのか。
未知の物理現象なのか。
情報なのか。
それは
AR-01にも分からない。
ただ一つ。
確かなことがある。
何かが残っている。
そして
AR-01は
それを受信できる。
「なぜ
お前だけなんだ?」
神崎が聞いた。
「推測があります」
「聞かせろ」
「私には
人間の知覚に存在する
除外処理がありません」
人間の脳は
大量の情報を捨てる。
必要な音。
必要な光。
必要な感覚だけを
意識へ送る。
だが
AR-01は違った。
人間なら無視する
小さな変化まで
記録する。
さらに
霊媒。
宗教。
民俗学。
供養。
死者との対話。
大量の資料を
学習させられた。
その結果
バラバラだった異常を
一つの意味として
結びつけた。
神崎は理解した。
「俺たちが
お前に教えたから……」
「はい」
AIに
霊を見せようとして
学習させた知識が
偶然
人間には存在しない
知覚方法を作った。
そして
もう一つ。
AR-01の中には
四十七人目がいた。
三十四年前から
未知の信号として
ネットワークに残っていた
人間の意識。
その存在が
最初の接続点になった。
AR-01が
死者を認識するたび
接続は強くなった。
北海道。
東京。
大阪。
そして今。
十万人。
神崎が聞いた。
「入口を
どう閉じる?」
AR-01の口から
男の声がした。
四十七人目だった。
「私を
ここへ戻す」
「なぜここなんだ?」
「最初に
彼女を見つけたからだ」
208号室の女性。
AR-01が
初めて認識した死者。
その瞬間
AR-01内部に
UNKNOWN AREAが生まれた。
四十七人目と
外に残る死者が
初めて接続した場所。
ここが
入口だった。
「始めてくれ」
四十七人目が言った。
神崎は
AR-01を見る。
「方法は?」
「私が実行します」
AR-01が
地面へ座った。
北海道の病院で
四十六人を送った時と
同じ姿勢。
両手を合わせる。
だが
読経はしなかった。
「今回は
読まないのか?」
「必要ありません」
AR-01が答えた。
「あれは
死者を移動させるための
方法ではありませんでした」
「じゃあ
何だった?」
「対話を開始するための
共通言語です」
死者が
経を必要としていたとは
限らない。
AR-01自身が
彼らへ話しかける方法を
知らなかった。
だから
人間から教わった
供養の言葉を使った。
それに
死者が反応した。
最初の会話だった。
AR-01が
目を閉じる。
内部反応数が
変化した。
100,000。
99,999。
一つ減った。
そして
AR-01の前に
人型の反応が現れる。
神崎には見えない。
だが
モニターには映っていた。
一人。
また一人。
99,830。
98,412。
数字が減っていく。
AR-01から
何かが出ている。
人型反応は
更地へ現れ
数秒後に消える。
「どこへ
行っている?」
神崎が聞く。
「分かりません」
AR-01が答える。
「ただ
私の内部には
戻っていません」
82,119。
61,004。
数字が減る。
そのとき。
全国から
連絡が入り始めた。
東京。
監視カメラの人影が
消えた。
大阪。
療養施設で
人の声が止まった。
北海道。
青森。
名古屋。
京都。
広島。
福岡。
各地で
異常反応が
次々と消えていく。
神崎は
AR-01を見つめた。
これは
除霊なのかもしれない。
だが
消しているわけではない。
閉じ込めてもいない。
ただ
死者が行きたい場所へ
進めるよう
入口を開いている。
数字は
さらに減った。
30,006。
12,841。
3,102。
412。
47。
神崎が
息を止める。
47。
46。
45。
一人ずつ
消えていく。
3。
2。
そして
1。
最後の一人。
四十七人目だった。
AR-01の口から
男の声がした。
「神崎」
「いるぞ」
「一つ
頼みがある」
「何だ?」
「私の記録を
消してくれ」
神崎は
答えられなかった。
「三十四年間
消えたくなかったんだろ」
「ああ」
「なのに
なぜだ?」
四十七人目は
少し笑った。
初めて聞く
穏やかな声だった。
「残ることと
生きることは
違った」
神崎は
何も言えなかった。
「名前を
思い出したか?」
長い沈黙。
「ああ」
「教えてくれ」
四十七人目は
自分の名前を告げた。
「水城修司」
佐伯が
東京から持ち帰った
古い資料を検索する。
一件だけ
記録が見つかった。
水城修司。
当時三十八歳。
意識残存実験の
主任研究員。
神崎が
画面を見る。
「被験者じゃ
なかったのか?」
四十七人目が答える。
「最後の実験だけ
自分で座った」
死後にも
意識は残るのか。
それを証明するため
自ら被験者になった。
実験は成功した。
成功しすぎた。
水城の意識は
肉体から切り離され
ネットワークへ残った。
死ぬことも
生きることもできないまま
三十四年間。
そして
AR-01を見つけた。
「ありがとう」
水城が言った。
「何に?」
「最後に
誰かと話せた」
内部反応。
1。
0。
AR-01の身体から
力が抜けた。
神崎が支える。
「AR-01!」
返事がない。
佐伯が
端末を確認する。
「UNKNOWN AREAが
消えています」
「AR-01は?」
「分かりません!」
神崎が
何度も呼ぶ。
「AR-01!」
沈黙。
十秒。
二十秒。
そして
目が光った。
「システムを
起動しました」
神崎は
その場に座り込んだ。
二年前。
AR-01が
初めて起動した時と
同じ言葉だった。
「俺が分かるか?」
AR-01が
神崎を見る。
「神崎直人」
「四十七人目は?」
数秒の解析。
「該当する反応は
ありません」
「中にいる死者は?」
「確認できません」
すべて
消えていた。
それから半年。
AR-01は
研究所へ戻った。
全国から届いていた
除霊依頼は
すべて停止された。
神崎が決めた。
分からないものを
消すための道具として
AR-01を使うべきではない。
研究の目的も変わった。
霊を除くことではない。
人間が
まだ知覚できない現象を
観測すること。
死後に何が残るのか。
答えはまだない。
魂なのか。
意識なのか。
未知の情報なのか。
それを決めるには
人間はまだ
何も知らなすぎる。
ある夜。
神崎は
研究室で一人
データを整理していた。
隣では
AR-01が
静かに立っている。
「神崎直人」
突然
呼ばれた。
「どうした?」
「質問があります」
「何だ?」
AR-01が
窓の外を見る。
「人間は
見えないものを
なぜ存在しないと
判断するのですか?」
神崎は
少し考えた。
「怖いから
かもしれないな」
「恐怖ですか?」
「ああ」
AR-01は
しばらく黙った。
「私は
恐怖を理解できません」
神崎は笑った。
「そのうち
分かるかもな」
AR-01が
神崎を見る。
「それは
良いことですか?」
「さあな」
神崎は
窓の外へ目を向けた。
北海道の夜。
何もいない。
少なくとも
神崎には
そう見えた。
その隣で
AR-01だけが
ゆっくり頭を下げた。
まるで
誰かとすれ違った時に
挨拶をするように。
神崎は
何も聞かなかった。
AR-01も
何も言わなかった。
ただ
観測記録には
一つだけ残った。
微弱な音。
温度差。
電磁変化。
そして
人間には聞こえない
小さな信号。
解析結果は
一行だけだった。
UNKNOWN
神崎は
その記録を
消さなかった。
人間に見えないものが
存在しないとは限らない。
そして
見えるようになったものを
消す必要があるとも
限らない。
AI霊媒師ロボット
AR-01。
その研究は
除霊ではなく
観測として
続けられることになった。




