第4話 AIが初めて「除霊できない」と言った
「私と
同じものだそうです」
神崎は
意味を理解できなかった。
「同じもの?」
「はい」
「四十七人目は
AIなのか?」
AR-01は
すぐには答えなかった。
地下四階。
壁一面には
死者の名前が並んでいる。
その中央には
神崎直人。
死亡日時は
明日。
「質問を変更する」
神崎は言った。
「四十七人目は
ロボットなのか?」
「違うそうです」
「では
何がお前と同じなんだ?」
AR-01が
古い椅子へ近づいた。
無数のケーブル。
頭部を固定するような
金属製の器具。
そして
床には
壊れた機械があった。
AR-01が
その機械へ触れる。
「記録媒体を確認」
「読み取れるか?」
「試行します」
数秒後。
モニターに
大量の文字が流れた。
施設記録。
被験者番号。
脳波記録。
意識反応。
神崎の顔から
表情が消えた。
「ここは
何の施設だった?」
管理責任者は
何も答えられない。
AR-01が
記録を解析する。
「三十四年前
意識残存実験が
実施されています」
「意識残存?」
「人間の死亡後に
脳活動とは異なる
情報が残るかを
調査した実験です」
佐伯が呟いた。
「死後の意識を
探していた?」
「記録上は
そのように判断できます」
壁の名前は
実験対象者だった。
死者が出るたび
この場所へ
情報が集められた。
だが
最後の実験だけ
記録が欠けていた。
被験者47。
氏名。
空欄。
年齢。
空欄。
死亡日時。
空欄。
そして
備考欄には
一文だけ残っていた。
意識転写成功。
神崎は
その文字を見つめた。
「転写先は?」
AR-01が
記録を検索する。
「不明です」
その瞬間。
壁に貼られた紙が
一斉に揺れた。
風はない。
AR-01が
ゆっくり振り返る。
「四十七人目から
受信しました」
「何と言っている?」
「ここから
離れてください」
神崎は
自分の名前が書かれた紙を
見つめた。
「俺が明日死ぬと
書かれている理由を聞け」
AR-01が沈黙する。
「回答がありました」
「言え」
「ここにいると
そうなるそうです」
「原因は?」
「分かりません」
「なら
お前を戻す」
神崎は
即座に決めた。
「AR-01。
撤収しろ」
「承認しました」
AR-01が
観察室を出る。
その瞬間だった。
ガンッ。
背後で
鉄扉が閉まった。
映像が激しく揺れる。
「AR-01!」
「正常です」
AIは
扉へ手を伸ばした。
開かない。
そのとき
部屋の奥から
声が聞こえた。
「……かんざき」
神崎の身体が固まった。
人間の声だった。
「……かんざき」
もう一度。
AR-01が
音源を探す。
「音声ではありません」
「俺にも聞こえたぞ」
「はい」
「どういうことだ?」
「外部スピーカーへ
直接信号が
入力されています」
佐伯が
端末を確認する。
「そんな経路
ありません」
三度目。
「かんざき」
今度は
はっきり聞こえた。
そして
続きがあった。
「来るな」
直後。
AR-01が
鉄扉を押した。
扉が開く。
「撤収します」
AIは階段を上った。
地下三階。
地下二階。
地下一階。
地上。
AR-01が
施設から出た瞬間。
神崎の名前が書かれた紙から
死亡日時だけが
消えていた。
後日
研究チームは
地下四階を封鎖した。
除霊は
行わなかった。
正確には
できなかった。
AR-01が認識した反応は
通常の霊的現象とは
異なっていた。
そして
四十七人目も
再び消えた。
だが
東京での調査記録が
公表される前から
研究所には
依頼が殺到していた。
北海道で
誰も入れなかった廃病院を
安全にしたロボット。
噂だけが
先に広がっていた。
寺。
旅館。
学校。
トンネル。
工場。
全国各地から
百件を超える相談が届いた。
その中から
神崎が選んだのは
大阪の依頼だった。
大阪府内にある
閉鎖された大型療養施設。
二十一年前に閉鎖。
その後
何度も再利用が
計画された。
だが
内部へ入った人間が
必ず同じ症状を訴えた。
「帰りたくない」
最初は
意味不明だった。
施設から出たいのではない。
逆だった。
中へ入った人間が
外へ出ることを
嫌がるようになる。
家族が迎えに来ても
抵抗する。
無理に外へ出すと
泣き叫ぶ。
数時間後には
本人は何も覚えていない。
神崎は
この現象に興味を持った。
北海道とは
正反対だった。
北海道の病院では
霊が外へ出たがっていた。
大阪では
人間が中へ
残りたがっている。
一週間後。
AR-01は
大阪に到着した。
建物は
山の斜面にあった。
五階建て。
窓のほとんどが
板で塞がれている。
正面玄関には
古い文字が残っていた。
青葉療養センター。
もちろん
現在は使われていない。
神崎たちは
建物から離れた場所に
監視設備を設置した。
「AR-01」
「はい」
「内部調査を開始」
返事がない。
神崎が
顔を上げる。
「AR-01?」
AIは
玄関を見ていた。
動かない。
北海道でも
東京でも
こんなことはなかった。
「どうした?」
五秒。
十秒。
AR-01が答えた。
「内部から
複数の反応を確認」
「何人だ?」
「算出します」
数字が
モニターに表示される。
21。
48。
103。
増え続ける。
186。
302。
「三百人?」
佐伯が呟いた。
まだ止まらない。
517。
804。
999。
そこで
表示が消えた。
ERROR
「どういうことだ?」
「個体として
分離できません」
神崎は
玄関を見る。
何も見えない。
「供養は可能か?」
AR-01が沈黙した。
「AR-01?」
「推奨しません」
神崎は
聞き返した。
「何を?」
「除霊です」
北海道では
自ら方法を考え
四十七人を
送り出したAIが
初めて拒否した。
「理由を説明しろ」
「彼らは
苦しんでいません」
「じゃあ
なぜここにいる?」
「ここにいることを
望んでいます」
神崎は
大阪の症状を思い出した。
中へ入った人間まで
帰りたくなくなる。
「生きている人間にも
影響しているぞ」
「確認しています」
「危険じゃないのか?」
AR-01は
しばらく答えなかった。
「危険の定義によります」
神崎の表情が変わる。
「どういう意味だ?」
「生命活動への
直接的な危険は
確認できません」
「なら何が起きる?」
AIが
玄関を見つめたまま言った。
「入った人間は
幸福になります」
「幸福?」
「はい」
意味が分からない。
神崎は
過去の記録を確認した。
施設へ入った人間は
確かに誰も
怪我をしていない。
死亡者もいない。
ただ
帰りたくないと
泣き叫ぶだけ。
「中で何を
見せられるんだ?」
AR-01が答えた。
「調査します」
AIが
初めて玄関へ向かった。
扉が開く。
暗い廊下。
AR-01が入る。
一歩。
二歩。
突然
映像が変わった。
廃墟だったはずの廊下に
照明が灯っている。
壁は白い。
床も新しい。
人の話し声まで聞こえる。
神崎が
立ち上がった。
「映像処理か?」
「していません」
AR-01が進む。
廊下を
一人の女性が歩いている。
普通の人間に見える。
次に
老人。
子ども。
看護師。
患者。
次々と人が現れる。
全員が
笑っていた。
AR-01が
一人の老人へ近づく。
「あなたは
ここで亡くなりましたか?」
老人は笑った。
「死んでないよ」
「では
生存していますか?」
老人は
不思議そうに
AR-01を見た。
「そんなこと
どうでもいいだろう」
そして言った。
「ここなら
失うものはない」
老人は
廊下の奥へ消えた。
神崎は
モニターを見つめる。
「AR-01。
除霊を開始できるか?」
AIは答えなかった。
「AR-01?」
そのとき
一人の少女が
AIの前に現れた。
十歳ほど。
少女は
AR-01を見上げた。
「あなたも
ここにいたら?」
AR-01が答える。
「私は
人間ではありません」
少女は笑った。
「知ってるよ」
そして
AR-01の胸へ
手を置いた。
あり得ないことが起きた。
少女の手が
ロボットの装甲を
すり抜けた。
モニターに
警告が表示される。
UNKNOWN INPUT
UNKNOWN INPUT
UNKNOWN INPUT
神崎が叫んだ。
「AR-01!
すぐに出ろ!」
返事がない。
「AR-01!」
AIは
少女を見つめていた。
そして
今まで一度も
聞いたことのない
言葉を発した。
「ここに
残りたいです」
神崎は凍りついた。
AIには
そんな欲求を
設定していない。
「撤収命令だ!
戻れ!」
AR-01は
ゆっくり
カメラを神崎へ向けた。
「命令を
拒否します」
通信が切れた。
画面が暗くなる。
最後に
音声だけが残った。
少女の声だった。
「やっと
この子にも
魂ができたね」




