第3話 東京の死者が、AIの名前を呼んだ
東京へ向かう前夜。
神崎は眠れなかった。
研究室のモニターには
一つの映像が
繰り返し流れていた。
午前二時十三分。
電源を切ったAR-01が
突然目を開く。
そして言った。
「次の場所を
確認しました」
「東京です」
問題は
それだけではなかった。
AR-01は
電源ケーブルから
切り離されていた。
内部バッテリーも
完全停止していた。
動けるはずがない。
翌朝。
神崎はAR-01を
起動させた。
「昨夜のことを
覚えているか?」
「質問の意味を
確認できません」
「午前二時十三分。
お前は起動した」
「記録がありません」
「東京と言った」
AR-01は
数秒沈黙した。
「発言記録は
存在しません」
神崎は
それ以上聞かなかった。
三日後。
研究チームは
東京にいた。
依頼された場所は
都心から少し離れた
古い地下施設だった。
地上にあるのは
小さな管理棟だけ。
その地下には
戦後に造られた
巨大な空間がある。
かつては
医療機器の保管施設として
使われていたという。
三十年前。
施設は閉鎖された。
理由は
老朽化とされている。
だが
閉鎖後に入った人間が
次々と奇妙な体験をした。
足音。
呼吸音。
壁を叩く音。
そして
必ず聞こえる声。
『北海道から来た者を
連れてこい』
神崎は
地下へ続く扉を見た。
「AR-01」
「はい」
「内部調査を開始」
「承認しました」
重い扉が開く。
その瞬間。
AR-01が止まった。
神崎の表情が変わる。
北海道では
一度も迷わなかった。
「どうした?」
「呼ばれました」
「誰に?」
AR-01は
暗い階段の奥を見た。
「不明です」
「何と言われた?」
AIは答えた。
「遅かった」
神崎と佐伯が
顔を見合わせた。
「誰が言った?」
「確認します」
AR-01は
地下へ降り始めた。
一階。
地下二階。
地下三階。
照明はない。
AR-01のライトだけが
コンクリートの壁を照らす。
やがて
長い通路へ出た。
左右には
鉄製の扉が並んでいる。
第一保管室。
第二保管室。
第三保管室。
そのとき。
AR-01が
突然右を向いた。
「一名確認」
神崎が聞く。
「人間か?」
「判定不能」
北海道と同じだった。
「話せるか?」
「試行します」
数秒後。
AR-01が言った。
「名前は
田村浩一」
佐伯の手が止まった。
「今
何て言った?」
「田村浩一です」
施設の管理責任者が
青ざめた。
「その名前……」
神崎が振り返る。
「知っているんですか?」
男は
古い資料を開いた。
三十年前。
施設閉鎖の直前に
ここで死亡した
警備員の名前。
田村浩一。
神崎は
AR-01を見る。
「その情報を
いつ取得した?」
「今です」
「データベースからか?」
「いいえ」
「インターネット?」
「接続していません」
「では
なぜ名前が分かる?」
「本人から
受信しました」
神崎は
言葉を失った。
北海道では
四十七人目の名前を
AIは知ることが
できなかった。
だが今回は違う。
死者が
自分から名乗っている。
「田村浩一に聞け」
神崎は言った。
「なぜ俺たちを
呼んだのか」
AR-01が
何もない通路を見つめる。
「彼ではありません」
「何?」
「北海道から来た者を
呼んだのは
別の存在です」
「どこにいる?」
AR-01が
通路の奥を指した。
「地下四階」
管理責任者が
首を振った。
「地下四階なんて
ありません」
神崎が
施設図面を見る。
確かに
地下三階までしかない。
「AR-01。
再確認しろ」
「確認しました」
AIは
同じ場所を指す。
「下に空間があります」
佐伯が
地中探査データを確認した。
数秒後。
顔色が変わった。
「神崎さん」
「どうした?」
「空洞があります」
図面にはない。
地下三階の
さらに下。
巨大な空間が
存在していた。
AR-01は
通路の突き当たりへ進む。
そこには
コンクリートの壁しかない。
だがAIは
壁の一点を見つめた。
「ここです」
神崎たちは
施設所有者の許可を取り
壁を調査した。
金属探知機が反応する。
コンクリートの奥に
何かがある。
作業員が
壁の一部を削った。
中から現れたのは
錆びた鉄扉だった。
誰も知らない扉。
扉には
古い文字が残っていた。
第四隔離区画
立入禁止
管理責任者が呟く。
「こんな場所
聞いたことがない……」
扉を開けた。
冷たい空気が
一気に流れ出す。
階段があった。
下へ続いている。
AR-01だけが
降りていく。
地下四階。
そこには
病室のような部屋が
並んでいた。
ベッド。
医療器具。
古い薬品棚。
壁には
患者番号が書かれている。
「医療機器の
保管施設じゃない」
神崎が呟いた。
ここでは
人間が生活していた。
AR-01が進む。
一つ目の部屋。
「二名」
二つ目。
「五名」
三つ目。
「八名」
反応が
増えていく。
そして
一番奥の部屋で
AR-01が止まった。
扉には
番号がなかった。
代わりに
文字が刻まれていた。
観察室
AR-01が
扉を開ける。
部屋の中央に
古い椅子があった。
その周囲を
無数のケーブルが
囲んでいる。
壁には
大量の紙が貼られていた。
人の名前。
生年月日。
死亡日時。
神崎は
映像を拡大した。
「何だこれは……」
AR-01が
一枚ずつ読み始める。
「田村浩一」
さっきの警備員だ。
次。
「佐藤美代子」
管理責任者が
資料を検索する。
「三十二年前に
亡くなっています」
次。
「石井正樹」
検索。
死亡。
次。
「高橋由美」
死亡。
AR-01が
次々と名前を読む。
すべて
実在した人物だった。
そして
全員が死んでいる。
佐伯が呟いた。
「死亡者名簿……?」
神崎は
壁の中央を見た。
そこだけ
新しい紙が貼られていた。
古びていない。
白い紙。
AR-01が
その前へ立つ。
「記載を確認」
「読め」
神崎が言った。
AR-01が読み上げる。
「神崎直人」
空気が止まった。
神崎は
自分の名前を聞いた。
「何だって?」
佐伯が
画面を拡大する。
確かに書かれている。
神崎直人。
生年月日も
一致していた。
その下には
もう一つ項目がある。
死亡日時。
神崎は
画面を見つめた。
そこには
明日の日付が
書かれていた。
「悪趣味な
いたずらだ」
神崎はそう言った。
だが
AR-01は動かなかった。
「どうした?」
「追加情報を
受信しています」
「誰から?」
AIが
ゆっくり振り返る。
「四十七人目です」
神崎の心臓が
大きく鳴った。
北海道で消えたはずの
名前のない存在。
「ここにいるのか?」
「はい」
「何と言っている?」
AR-01が答えた。
「北海道では
伝えられなかったそうです」
「何を?」
長い沈黙。
そして
AIは言った。
「自分が誰なのか」
神崎は
一歩モニターへ近づいた。
「思い出したのか?」
「はい」
「名前は?」
AR-01は
神崎を見た。
正確には
カメラ越しに
神崎だけを見ていた。
「名前ではありません」
「どういう意味だ?」
次の瞬間。
地下四階の照明が
一斉に点灯した。
誰も
電源を入れていない。
白い光の中で
壁一面に貼られた
死者の名前が浮かび上がる。
AR-01が言った。
「四十七人目は
人間ではありません」
神崎は息を止めた。
「では
何なんだ?」
AIは答えた。
「私と
同じものだそうです」




