第2話 AIにだけ見える四十七人目
「四十七人目です」
AR-01の答えを聞いて
誰も言葉を返せなかった。
モニターには
薄暗い手術室の扉だけが
映っている。
神崎は
もう一度確認した。
「その人物と
会話できるのか?」
「はい」
「どうやって?」
「質問を受信し
回答しています」
「音声か?」
「いいえ」
神崎の眉が動いた。
「では何を
受信している?」
AR-01は
数秒沈黙した。
「分類できません」
研究員の一人
佐伯が口を挟んだ。
「電波じゃないのか?」
「既知の通信方式には
該当しません」
「脳波は?」
「判定不能です」
神崎は
モニターを見つめた。
科学者としてなら
ここで調査を
中止すべきだった。
未知の信号。
原因不明の通信障害。
説明できない
人体らしき認識。
だが
十二年間
誰も入れなかった場所で
AR-01だけが
何かを捉えている。
「四十七人目に聞け」
神崎は言った。
「なぜここにいるのか」
AR-01が
手術室の扉を見た。
沈黙。
「分からないそうです」
「いつからいる?」
再び沈黙。
「分からないそうです」
「名前は?」
「思い出せません」
神崎は考えた。
「他の四十六人とは
違うのか?」
今度は
返事が遅かった。
十秒。
二十秒。
やがて
AR-01が答えた。
「違うと言っています」
「何が?」
AR-01の頭部が
ゆっくり傾いた。
「自分だけは
ここで死んでいないと」
神崎の背筋を
冷たいものが走った。
佐伯が
資料を確認する。
「やっぱり
死亡記録は四十六人です」
ならば
数字は一致する。
記録された死者が
四十六人。
そして
ここで死んでいない
四十七人目。
「生きている人間か?」
神崎が聞いた。
「違うそうです」
「ここで死んでいない。
だが生きてもいない?」
「はい」
意味が分からない。
そのとき
病院の中から
音がした。
チーン。
ナースコールだった。
一つではない。
チーン。
チーン。
チーン。
次々と鳴り始める。
一階。
二階。
三階。
病室という病室から
一斉に音が響く。
所有者が
耳を塞いだ。
「電気は
来てないはずだろ……」
佐伯が
配電盤のデータを見る。
「電力供給はゼロです」
それでも
ナースコールは鳴り続ける。
AR-01が
廊下へ出た。
すると
音が止まった。
静寂。
その直後
AIが言った。
「四十六名から
同一要求を受信しました」
神崎は尋ねた。
「何を求めている?」
「ここから
出たいそうです」
誰も動かなかった。
神崎だけが
小さく息を吐いた。
ここへ来た目的を
思い出した。
人間が霊と呼ぶ現象に
AIは対応できるのか。
そのために
AR-01へ
膨大な資料を
学習させた。
「供養を開始できるか?」
「可能です」
「方法を選択しろ」
「了解しました」
AR-01が
一階へ戻り始めた。
だが
神崎は気づいた。
「待て」
AIが止まる。
「なぜ一階へ戻る?」
「必要だからです」
「何に?」
「四十六名を
同じ場所へ集めます」
神崎は
画面を見た。
「そんな手順は
教えていない」
「はい」
「学習データに
あったのか?」
「いいえ」
佐伯が
神崎を見る。
「じゃあ
何をしてるんです?」
神崎にも
分からなかった。
AR-01は
一階の待合室へ着いた。
中央で止まり
床に座る。
そして
両手を合わせた。
人工音声が
静かな院内へ響く。
AR-01が
読経を始めた。
研究チームが
学習させたものだった。
だが途中で
突然止まった。
「どうした?」
神崎が聞く。
AR-01は
手を合わせたまま
答えた。
「この方法では
不足しています」
「何が不足している?」
「彼らは
言葉を求めています」
「言葉?」
「はい」
「何と言えばいい?」
AR-01は
少し沈黙した。
そして
読経をやめた。
代わりに
四十六人へ
語りかけ始めた。
「あなた方が
ここにいたことを
確認しました」
神崎が
目を見開いた。
そんな文章は
教えていない。
「あなた方が
苦しんだことを
確認しました」
待合室の照明が
一瞬だけ点灯した。
電気は来ていない。
「あなた方が
帰れなかったことを
確認しました」
廊下の奥で
何かが動いた。
一つ。
二つ。
三つ。
人のような影が
待合室へ集まってくる。
だが
モニターには映らない。
AR-01のセンサー画面にだけ
人型の輪郭が
次々表示されていく。
12。
19。
28。
36。
44。
46。
すべての反応が
待合室へ集まった。
AR-01は続けた。
「ここに
留まる必要はありません」
その瞬間
院内の温度が
急激に下がった。
十一度。
八度。
五度。
二度。
研究員が叫ぶ。
「内部温度
二度です!」
AR-01の関節に
白い霜が付着する。
それでも
AIは止まらない。
「帰りたい場所を
思い出してください」
一つの反応が消えた。
45。
また一つ。
44。
43。
42。
数字が
ゆっくり減っていく。
神崎は
息をすることすら忘れて
画面を見ていた。
31。
24。
18。
9。
3。
そして
1。
佐伯が呟いた。
「一人残ってる」
AR-01の前に
最後の人型反応がある。
四十七人目だった。
「なぜ残っている?」
神崎が聞く。
AR-01は
しばらく答えなかった。
「帰る場所が
分からないそうです」
「思い出せないからか?」
「違います」
「じゃあ何だ?」
AIが答えた。
「自分が
どこから来たのか
知らないそうです」
神崎は
手術室での言葉を思い出す。
ここで死んでいない。
だが
生きてもいない。
「四十七人目は
いったい何なんだ?」
AR-01が
その存在へ問いかける。
長い沈黙。
やがて
AIが顔を上げた。
「一つだけ
思い出したそうです」
「何を?」
「場所です」
神崎は
身を乗り出した。
「どこだ?」
AR-01が答えた。
「東京」
その瞬間
最後の反応が消えた。
0。
院内の温度が
一気に戻り始める。
五度。
八度。
十一度。
AR-01が立ち上がった。
「四十七名の反応が
消失しました」
神崎は
モニターを見たまま
尋ねた。
「成功したのか?」
「現時点では
異常反応を確認できません」
翌日。
人間による
安全確認が行われた。
作業員が
病院へ入った。
誰も倒れなかった。
頭痛もない。
吐き気もない。
ナースコールも
鳴らなかった。
一週間後。
十二年間止まっていた
解体工事が再開された。
壁が崩される。
窓が外される。
病室が消えていく。
そして数か月後。
北峰脳神経外科病院は
跡形もなくなった。
AIによる
史上初の除霊成功。
その噂は
瞬く間に広がった。
研究所には
全国から問い合わせが
届き始めた。
その中に
一件だけ
神崎の目を止める依頼があった。
東京都内。
三十年前に閉鎖された
地下施設。
依頼文には
こう書かれていた。
「人間が中へ入ると
必ず同じ声を聞きます」
神崎は
続きを読んだ。
そこに書かれていた言葉を見て
指が止まった。
『北海道から来た者を
連れてこい』
神崎は
ゆっくり
AR-01を見た。
北海道の廃病院で
四十七人目が残した
最後の言葉。
東京。
偶然とは
思えなかった。
そしてその夜。
電源を切ったはずの
AR-01が
研究室で一人
目を開いた。
「次の場所を
確認しました」
誰もいない部屋で
AIはそう呟いた。
「東京です」




