↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英国式リストラ!  作者: 陸 なるみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

自主的なリストラを選ぶ理由

 

 前話で、リストラされてしまう暁には、「リストラ見舞金」(私の場合、年収の6割程度)が英国政府からいただけることがわかった。


 でもこれは、今自分から「リストラされます!」と立候補しようが、秋頃、「お前要らねぇ」と言われても、もらえることに変わりはない。


 そして、失業手当も、再就職できるまで週当たり95.55ポンドもらえる。19,000円くらい。


 ジョブセンター(ハロワ)に登録して、「今週はどこに応募して履歴書送って面接に行って落とされた」などの報告が逐一必要らしいけれど。


 貯金はいくらあってもこの金額はいただけるそうで、私にしたら、1週間の食費は楽に賄える。出勤しなくていいならできあいのものを買わず、一から自炊すればもっと節約できる。


 お仕事見つかるまで最長6か月まで支給され、その間、週に16時間以下のバイトならいくらでもしていいとのこと。


 これもまあ、恵まれた制度な気がする。


 私が日本の仕事を辞めた時、失業手当を貰わずに渡英してしまったので、比較のしようもないけれど。


 そこまで調べてから同僚たちの顔を眺めた。

 お金がもらえるとわかっても、リストラを歓迎できる者がいるのか?


 このインフレだが大不況の折に、どれだけ政府が助けてくれても、次の職にいつ就けるかが死活問題だ。


 働き盛りの40代の3人組は。

 乳飲み子含め3人娘を子育て中のデイくん

 マイホームを買おうと住宅ローンの頭金を必死で貯めてるガルくん(政策金利3.75%だからローンも高いんだよぉ。日本は1.25%に上がったって?)

 息子が遠くの大学に入ることを決め、授業料やら下宿やら、車のローンなど大出費予定のルーくん


 デイくんの奥さん(産休中)以外はみんな共働きで、既に必死で頑張ってるというのに。


 若手30代は再就職が楽だ。

 でも3人は勤続2年以下で「リストラ見舞金」がもらえない。


 反対に、お見舞金はかなり貰えても、再就職の可能性が限りなく低いのが60代に突入した私とエムくんだろう。


「60歳ならいっそのこと、年金貰えば?」

 と思った方、偉い!

 偉いけれどここがエムくんと私の命運を分ける、黒くて深い溝なのだ。


 英国では、現在60歳の人の定年退職年齢は67歳である。

 まだ7年も先!

 

 日本では65歳に引き上げられ、60歳で貰おうとしたら24%くらい目減りすると聞いた。(動画で流れてきただけなので、どこまで正しい数字か知らない)


 でも貰おうとしたらもらえる。

 私の場合、日本では10年ちょっと働いただけなので、ギリ貰う資格があり、いったいどれほど少額なのか、予想がつかない。

 年金機構のサイト見てもてんで分からん。


 英国の公的年金は、前話で書いたGOV. Comの個人ページにアクセスすると、このまま定年まで働いたら年金が週にいくら貰えるか、今の段階ではいくらしか貰えないかがチェックできる。


 私がずっとボケていたのは、この「今の段階でいくら」という数字が、日本のように60歳越えれば貰えるような気分でいたことだ。


 休憩室のみんなに、「年金少ないけどいくら貰えるって出てた。これがあったら生活できるかも」と言ってまた笑われた。


「違うって。あれは、今仕事辞めたらに定年になった時にこんだけしか貰えないよって意味 。お前の場合、67歳か? それまで何も貰えないよ?」

 と課長。


「うげぇ、そうなのーーーー?!」と私、「じゃ、アーリーリタイアメントなんてムリじゃん」


「Early retirement? そんなの大企業の高給取りで社内に年金システムがあったか、公務員さんたちの特権だよ」


 そうだったのか。


「ところでお前、満額もらえるのか?」

 と課長が心配顔をする。

「この国で35年働かなきゃ満額にならないはずだろ?」


「うん、それなんだけど、私、定年まで働いても合計30年にしかならないんだよね、でもなんかサイトには、67歳まで働き続けたら満額相当って出てる。だから頑張って働きたいな」


 課長はよかったと頷いていた。


 満額と満額でないかは気持ちの上でかなりの差がある。

 それはひとえに「トリプル・ロック Triple Lock 制度」というものに関係している。


 「公的年金の毎年の金額は3つの指標を使って保障する」という制度。


 ・消費者物価指数(インフレ率)

 ・所得成長率平均

 ・2.5%

 これら3つの数字の一番高い物に合わせて、毎年4月、年金の支給額が決まる。

 対象者は、これまでの年金受給者及び新規満額年金資格者。


 裏を返せば、満額でない受給者については、いくら増やしてもらえるかは政府の気持ち次第、ということになる。


 英国の年金財政も実は破綻しているから、政府は2010年に始めたこの保障を2030年に改悪予定だ。

 ダブル・ロック制度

 ・インフレ率

 ・2.5%

 のいずれか高い方、だそうだ。


 私が年金をもらえるのは2032年、ダブル・ロックになってからだが、それでも毎年年金が上がっていくと約束されているのは嬉しい。

 だから満額を目標にしているのだ。


 イギリスに税金を取られ、日本円に交換し、日本で暮らすには足りなそうな金額でも。


 そんなことを思い巡らしていると、エムくんの声がした。


「俺、人事部行ってくる。『リストラ見舞金』が俺の場合いったいいくらなのか正確なところと、自主リストラ選んだら今後どうなるのか聞きたい」


 同僚たちみんながびくりとエムくんの方を見た。


「自主リストラに挙手するつもりか?」と課長。

「ああ、前向きに検討中」

「そうか、、、」


 同僚たちはどんな表情をしたらいいのかわからない様子。

 エムくんはみなの困惑を笑い飛ばした。


「俺の人生で後にも先にも『見舞金』のようなまとまった金額手にすることないからな。それに今のなるみの話、俺、年金もう満額に達してるんだわ。18歳から働いてるから」


「公的年金に限って言えば、これ以上働いても貰える金額は増えないってこと?」


「そういうこと。定年まで食っていけるなら、もう仕事しなくっていいわけ、アーリーリタイアメント可能なんだぜ」

 颯爽と宣言してエムくんは休憩室を出ていった。


 アイちゃんが、「自主リストラ選ぶかどうか、みんなに言わなくていいんだからね? 私か課長か人事にコッソリ言ってくれれば」


「だよね~」とみな失笑。


「アイツは若い頃、大手の製紙会社で働いてたから、その時の個人年金がいい具合に育ってるのかもな」と課長。


 そして、お互いの家庭の事情は何となく把握しあってるのがうちの課の親密さ。


 エムくんの奥さんは身体壊す前、社内他部署で働いていたから顔見知り。

 数年前に要介護認定を受け、エムくんはフルタイムから週3日勤務に切り替えて介護している。


 英国には「介護担当者補助金」がある。

 家族の介護のために仕事ができなかったりフルタイムで働けないと、国がある程度、所得補填をしてくれるのだ。


 エムくんがいったいいくら貰っているかまでは知らない。でも週5日勤務を3日に減らしても困らない程度だ。

 子どもは独立しているし、奥さんも寝たきりというわけでもないから、フルタイムだった頃よりエムくんの表情は明るい。


 人事部から帰ってきたエムくんは、温室で作業をしていた私に、「ざっと200万円相当貰えそう」と言ってきた。


「私の3年後くらいに転職してきたもんね、週3日勤務でも勤続年数20越えてるからそのくらいになるよね」

「うん、妻のケアしながら週に16時間でも働いたら定年までこぎ着けることができる」


「バイトでもパートでもすぐに見つかるよね。私みたいに英語が不自由な外人BBAじゃないもん」


「まあな」

 20年あまり一緒に働いてきたエムくんは私の自虐ネタに笑った。

 最初の頃は意思疎通できずにケンカして無視されたこともあったなあ。


「俺、多分正式に自主リストラ申請するよ。課内でスキルやら勤怠やらに点数付けられてギスギスした後に同じ結果になるなら、今自分で決めた方がいい」


「そっか。私は一縷の望みにすがって最後まで残れるように足掻くしか無さそう」


 同い年の私たちは見事に人生が分かれていくのを感じた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i1275698
かぐつち・まナぱ様作成
― 新着の感想 ―
年金。大事ですね。私は日本のやつ、まったく払ってませんからね……。 絶対に後で後悔するんですよね、私。 でも、60から67はすごく遠いですよね……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。