なるみの場合
少々長めになりました。個人の事情ではありますが、イギリスの庭師稼業を知ってもらうためにも書いています。後々の話に繋がってくることもありますので。
エムくんの選択を知って、私は自分の立ち位置を思い知らされた。
私は未亡人で、夫が遺してくれた家に一人暮らし。住宅ローンも家賃もない持ち家なのは夫に感謝しかない。
晩婚だったから子どももいない。
でも結構余裕を持って暮らせているのはこの仕事があるからこそ。
毎月19万円くらい使って、最低5万貯金する。
貯金は家の修繕費や日本への帰国費用などになる。
切り詰めようと思えば、もっと自炊をしてお昼もお弁当を持っていけばいいんだけれど、最近サボり気味。
逆に、お金はかかっても、もう少し英国内や欧州を旅するべきだと思い始めている、そのくらいの余裕はある。
でも67歳の定年まで働かないでいる貯金はない。
67歳まで働かないと、人並み以下の年金しか貰えない。
ここで失業したら。
1年は何とかなりそうだけどその後、収入がない暮らしなんてできない。
じゃ、私なんかを雇ってくれる人がいるのか?
いや、いそうにない。
元よりこの仕事を辞めたくない。
でも、私の担当業務はこのテーマパークに不可欠だろうか?
書き出してみよう。
業務内容:
① 選ぶ:敷地内のどこにどんな花をどう組み合わせて植えればいいか考える。
スケッチを描いて部長にプレゼンしたり、必要植物をリストアップして概算出したり。
大鉢の寄せ植えやハンギングバスケットの来年の色合いとか考えて、花壇苗や球根類の発注もする。
専門用語でいえば、「植栽設計」って呼ばれる仕事。
② 植える:選んだ植物を、その庭のメンテ担当者とタッグを組んで植え付けていく。
不要な植物は掘り上げ、除草し土作り、苗木が届けば耕して植え付け、同時にメンテ担当にお世話のコツを伝えたり。
自分が想像した通りに庭ができあがっていくのは本当に楽しい。
③ お世話する:メンテ担当のいない庭部分や手薄になっているところには、私が入って剪定、花がら摘み、除草、切り戻しなどの作業をする。
特に手のかかる薔薇園とかは、説明するより自分でやったほうが早いと思ってしまったりもする。
④ 育てる:テーマパーク内にある50箇所の大鉢やハンギングバスケットに使う花壇苗を、プラグ苗や種から温室で育てる。
プラグ苗というのは3センチくらいの小苗。発芽率や生長スピードがまちまちな種からよりも、断然育てやすい。
⑤ 殖やす:園内の植物の種を採ったり挿し木をしたり、株分けしたりして数を増やし、業者への発注額を減らすように努力している。
こんなとこかな?
書くと格好良さげかもしれないけれど、這いつくばって泥だらけになってることのほうが多い。
「ガーデンデザイナーになりたい!」と思ってイギリスに来たけれど、実は自分が得意なのは庭の「構造設計/ハードランドスケープ」ではなく、そこに何を載せるかの「植栽/ソフトランドスケープ」。
両方できないと「ガーデンデザイナー」としては独立できない。
今の職場には、何を植えても綺麗に見える7ヘクタールを超える庭園面積があって、そこをキャンバスとして、私は思う存分に「植栽設計」をし、仲間と造園し、メンテをさせてもらっている。設計図を渡せば終わりのガーデンデザイナー業より気に入っているのだ。
有名なガーデンデザイナーが、「ガーデニングって植物を使って庭に絵を描くことよ」という言葉を遺しているが、その通りなんだ。
それも季節によって、年ごとに、姿を変えていく3Dな絵具たち。私のやってることは下書きに色を置く「ぬり絵」でしかないとしても。
しかし、だ。
現CEOは綺麗な花壇よりも、芝生や生け垣の手入ればかりに目がいく人。彼がお花は要らないと言うなら私なぞ必要ない。
そんな懸念を仲間や他部署の友人にもらすと、
「それはないよ。庭が綺麗じゃなきゃ、宿泊客も減るし、ウェディングビジネスも潰れるんだから」
と慰めてくれる。
でも私は知ってるのだ、庭園部門は収入はなく経費ばかりかかる金喰い虫だと言われていることを。
有名なイングリッシュガーデンで、庭だけで集客しているところは、庭師を大切にし、尊敬もする。
でも私の職場は英国庭園史に残る名庭園ではあるのに、その周囲にテーマパークがあってそちらばかりが有名になり、庭としての知名度は急降下。
庭師が手を止めたら1年もたたずに庭は廃れ、見るも無残になる。
その点を経営陣はよく理解していない様子なのだ。
友人たちはまた、「特殊技能があるんだから転職先もあるよ」とも言ってくれる。
でも業界を知っているからこそ私は悲観的。
私の持っている園芸資格で20年も実務経験あったら、普通なら超ベテランのヘッドガーデナーだ。
5年の実務で部下2人くらい従えた棟梁になる。
そこからどんどん大きくて有名な庭のヘッドに転職していく。
10年あれば押しも押されぬ名庭園のベテランヘッドガーデナー。
私の今の役職はチームリーダーなので、「主任」ってところ。
ヘッドガーデナーとは呼ばないけど強いて言えば部長がヘッドで、課長が副ヘッド、その下になる。
面接に行ったら、「その役職で、どうしてそんなに歳喰ってるの?」と言われても仕方ない。
可哀想に昇進できなかったんだねと同情してくださってもいいが、自分としては真っ当な評価だと思っている。
まず私の英語はネイティブレベルじゃない。
日本語訛り丸出しで、仲間たちが慣れてくれてるから意思疎通ができてる。今でも日常的に笑われるし聞き返される。(涙)
作業中なんて、あれやってこれやっての命令形ばかりで、オフィスワークや渉外用の英語は備わってない。
英作文はある程度できるけど、場面や相手によって言葉を使い分けるとか、有利に交渉する言い回しとかができないんだ。
次に庭師として致命的なのが、車の運転ができないこと。
日本で取った運転免許を英国で使えるよう書き換えはしたのに、持病の発作が出ちゃって免停。
運転中に発作を起こしたんじゃないんだよ?
バスに乗ってて目眩して病院で休ませてもらったら、その記録が免許センターにシェアされちゃって。(こういうところだけ連携がいい)
12か月以上発作を起こさなかったら免許返してくれるそうなんだけど、その後も年に一度くらいは体調崩すもんで諦めた。
(日本の自動車学校に払ったお金がもったいない~)
イングリッシュガーデンというものは、大抵街から遠く離れたところにあって、電車やバスで通えるもんじゃない。
今の職場はバス停から徒歩圏内、昔はテーマパークの駐車場内にバス停があって、
「歴史のあるイングリッシュガーデンで公共交通機関で通える」
という私の就職条件にピッタリだったわけ。
もうひとつ、私がヘッドガーデナーになっていない理由に課長との役割分担がある。
24年前、私を雇うと二つ返事で決めてくれた課長は、私より14歳年下で、金髪碧眼の若造だった。
庭作業はどれも好きだけど、花の名前を憶えるのが壊滅的に苦手。
私は芝刈りや生け垣の手入れはしたくないけど、宿根草や花木の世話ならいくらでもやる。
イギリスで出会った植物たちと、日本で趣味で育てていた花たちの名前が何千も頭に入っている。
その頃、たった2人の資格持ちガーデナーで、必然的に得意分野に仕事を分けた。
それを端的に表すエピソードがこちら。
「自主リストラ」の締切日が迫った頃、課長が「なるみはどうするつもり?」と聞いてきた。
「私は天職みたいな働き方させてもらってるから、最後までしがみつくよ。そっちは?」
「オレがいなくなったら回らんだろうとは思う」
確かに。
課長はCEOや他の部署からのワガママな要望をグッと受け止め、課員をうまく配置して捌いている。
朝6時半に出社してやがるのだ。
「こんな手のかかる職場見捨てて、どこかの庭園のヘッドガーデナーにでもなったらどう?」
と私がからかう。
「だからオレにはデザインができんといつも言ってるだろ?」
(通常、植栽設計を含めたガーデンデザインはヘッドガーデナーが担当する。もしくはバカ高いガーデンデザイン事務所に外注)
「できるよ。最低800種類、植物知ってればできるんだって。そのくらいはその頭に入ってるし、部下にやらせてもいいじゃん」
「そっちこそ、どこかのヘッドガーデナーになる話ないのか?」
「ないよ、ムリだって。課長はピープルパーソンで私はプランツパーソン。ヘッドになっても庭師たちを仕切ることができない」
「お互い、二人三脚で長らくやりすぎたな」
ふたりで笑った。
People person/Plants person という言い方は、「私は犬派 dog person 」「猫派 cat person」という感じでよく使う。
課長は課員14人それぞれの不平不満を聞いたり、家の事情の相談を受けたり、皆が怪我しないように気を配ったり、24年前に出会った青二才(笑)とは思えないほど良い管理職になったと思う。




