オフィシャルなリストラ手続き
翌日、休憩室の机の上に、「オフィシャルリストラ今後のスケジュール」というA3横の文書があった。
リストラの規模が大きいのは理解した。
しかし、この「オフィシャル」とかCEOのメールに出てきた「フォーマル」という単語は一体何を意味しているのか?
そしてこれから何が起こるのか。
フォント10以下で打たれた英文なんて、老眼にはめっちゃ読みにくいんですけど?
表の上から、
「全体告知:済み」
「HR1 提出:済み」
「労働者の代表グループ組織化 ←今ココ」
「代表グループへの全体説明会:最低週に一度」
「質問箱の設置:初説明会後即時」
「質疑応答:随時」
「自主リストラ者の募集:6月末まで」
「自主リストラ希望者の承認(雇用主は離職拒否可):7月中旬まで」
「必須リストラ人数を部門別発表」
「必須リストラ対象部門での各職員のスキル比較ー公平な点数制ー加点減点項目は公開」
「部門別話し合いや個人面談によるリストラ者選定:9月末」
文書は「スムーズな進行に皆の協力を願いたい」で締め括られている。
この日、6月19日、まず感じたのは9月末まで延々と、自分が辞めさせられるかどうかわからないのか、「そんなに長くかかるんだ、神経持つかな?」だった。
次に感じたのが、オフィシャルと言うだけあって「経営陣、本気だぜ」
そして、9月末から先の自分像が描けない恐ろしさ。
私は何でもいいから仕事について、このまま英国に残りたいのか?
それとももういいやと日本に帰るのか?
そんなファンダメンタルな疑問に自分は答えを出せない。
夫が生きていたら欠片も悩まない。
1人だからこそこんな大きな岐路を突きつけられた。
この質問はこれから夏じゅう、暗雲のように私の頭上に立ち込めることになる。
詳しくは追って別話に書く予定。
日英両国の仕組みの比較という観点でも、オバサンが人生に悩むざまぁでもいい、もし興味が持てたら読み続けてもらえると嬉しい。
さて、現実世界では、今ココと書いた「自分達の代表の選定」だ。
どうするんだ、くじ引きとか投票でもするんか?
私の英語力じゃ大事なこと聞き落としたりうまく伝えられなくて迷惑かけるだろう。
各人の事情が一番わかっている課長がいいのか?
わかり過ぎていると逆にやりにくいのか?
みんなが黙っていると「私やってもいいかな?」とアイちゃんの声がした。
うわぉ、立候補してくれるなんて!
アイちゃんは、動物飼育部門に伴侶がいて、顔も広いし社内の情報にも明るい。
(ふたり同時にリストラになったら家計が!子どもいないのがせめてもの救い)
ちょっと余談。
会社にもよると思うけど、英国、社内恋愛には寛大。人間として恋に落ちても当然って感じ。
「アイツら付き合ってるんじゃね?」って時は、みんな冷やかしたくてうずうずしながら、大人の振りして黙って見守ってる。
特に庭師の世界では、雇われる時に、「敷地内借家住み込み可」だったりもするので、家族で引っ越してきて、配偶者も同じ組織の他の職種で雇われたりもするんだ。
息子娘が職業訓練に来たり、夏だけバイトに来たりもするよ。
私だったら親と一緒に働くなんて恥ずかしい気がするけど、こっちの人は、社員の家族なら信頼できるってほうを重視するみたい。
話戻して、
「アイちゃん、代表やってくれるの? ありがとう!」
「異論? そんなもの無いよ」
と満場一致。
次の月曜日、早速第一回目の全体集会に出席後、アイちゃんは、
「質問あったら何でも、メールでもテキストアプリででもちょうだいね。私に言いにくかったら『質問箱』作るから、そこに匿名で入れて?」
と小さな段ボール箱で早速工作。
これが表にあった『質問箱設置』らしい。
鉢花を横にあしらい、「親しみやすい質問箱」を作ったアイちゃん、ここにもシゴデキ女性爆誕!
今の今まで、黙々と庭作業を続けるおとなしめな女性だと思ってた!
みんなの質問は、「自主リストラ」なるものに集中した。
リストラって無理矢理辞めさせられるんじゃないの?
そう言えば過去のリストラで、「○○さんは自分から辞めていったよ」などの英文を聞いた覚えがある。
上記のスケジュール表を見ても、まずは自分から辞めたい人を募り、希望者を引き留めるかどうか上が判断し、OK出た人を外してから再度、強制的に何人削るのか発表する、という段取りだ。
仲間たちは「自主リストラ」の検討日数に10日程度しかないことに憤慨していた。
「バカ言うなよ、10日で次の仕事が見つかるとでも?」
「自分の人生かかってるのに10日で身の振り方決めろって?!」
「今月末過ぎたら本当に自主リストラ締め切られちゃうの?」
アイちゃんがここで「それ絶対、会議で返答もらってくる」
とメモる。
こんな短期間で無理ゲーとみんながワイワイ喋る中、私と、同い年のエムくんだけは、黙って遠い目をしていた。
私はどうしてみんなが「自分からリストラされる道」を検討しているのかがわからず。
エムくんは、後から聞いたことだけどこの時点で、「もしかしてさっさと挙手した方が楽では?」と考えていたらしい。
「自主リストラ」の説明は長くなるので、次話でじっくり書くつもり。
ここでは取りあえず、上記の表にあった HR1 提出について書いておく。
イギリスでは、雇用主が、一度に20人以上をリストラする場合、国にHR1という所定フォームを、最低90日前に提出することが義務付けられているそうだ。
ググったら簡単に出てきた。
これで、オフィシャルとかフォーマルなリストラと呼ばれる意味がわかった。
プロセス一つ一つがお役所に決められている。
そして後日アイちゃんが教えてくれたことには、このリストラ全体は社外の人事アドバイザーが牛耳っているそうだ。
自社内の人事部でも経営陣でもない。
「一般企業のリストラを正しく円滑に進めるお仕事(公務員?または国からの委託業者?)」なるものが存在するらしい。
というわけで、英国労働法に則った「オフィシャルなリストラ」はずるずると時間がかかるのであった。




