150万ポンド=3億円
翌木曜日、休憩室に集まった課員たちは皆困惑顔。
「やっぱりね、最近中間管理職の転職多かったよね」
確かに、なぜか送別会の花束作り係に任命されている私のところに、相次いで3つの依頼が来ていた。
ボランティア統括部長、雇用課長、レジャー宿泊課長。みんなシゴデキ女性だよ。
「Rats leaving from a sinking ship 船が沈みかけたら鼠が逃げるってあれだね」
「彼女ら知ってたんだ」
「転職できる仕事があるってのが裏山」
「俺らどうせ底辺だもな」
と休憩室は暗くなるばかり。
そして昼休憩には、課長以下15人がそれぞれの社内人脈から得た情報を持ち寄った。
うちの職場は、ある種のテーマパークだと想像していただきたい。
ホテルを含めた宿泊部門(ウェディング事業含む)、動物の飼育部門が多種多様、絶滅危惧種保護推進部、オンライン広報部、シェフもいればお土産物を売る人もいるし、建物のメンテをする部もある。
そしてうちらは庭園部門。
庭園と呼べるところだけにとどまらず、駐車場の除草やら、敷地内全体の草刈りとか、最悪、家具の移動とかにも便利屋として使われる弱い立場。
家政婦は見たじゃないけど、庭師それぞれ底辺なりの社内人脈があるのだ。
「人事の子から聞いてきた、削減目標金額は人件費総額の10%、150万ポンドだって!」
課長がスマホで素早く計算する。
「最低賃金レベルで65人減らす計算になるぞ?」
「65人!?」
「社員500人の10%としても50人だ」
リストラの規模の大きさに鳥肌たった。
過去、勤続四半世紀近くの間に、小規模の部門別リストラなら2度ほどあったから。
近いところではコロナ禍中、マーケティング部や広報部など基本PCに向かうお仕事の人たちがリモート化と同時にリストラ。
その前には、とても大きなグループだった施設メンテナンス部門が解散になっている。
電気設備も水道工事も資格を持ったメンツを一通り抱えていたのに。大工さんも金属加工専門家もいた。
その時の上層部は「必要になったら外注すればいい」とのたまわった。
イエス、アウトソーシング。
でもね、すぐに、間に合わないってことが判ったんだよ。
動物が逃げ出せないように巡らせてある電線の「電気が入らない!」ってなってから業者さん呼んでも手遅れ。
宿泊ロッジの天井から寝てるお客様に雨漏りしたら、すぐに直さなくちゃ。
でも深夜に外注じゃ、誰も来てくれない。
その上インフラが古くて付け足し付け足しされてるから、電気も水道も、敷地内をどう走っているのかパッと見でわかるようにもなってない。
結局、リストラした相手に外注先として来てもらったり、再度雇用したり。
今の課長、その頃は代理だったけど、「こんな愚かなリストラする経営陣なら次は庭園部門だね」と言い合ったのを憶えている。
思い出話はここまでとして現実を見なくちゃね。
今回は、全社を上げて、役員も管理職も中堅も新入社員も全員対象者。
年間30億円も人件費がかかっていて、そのうちの3億円分減らす。
億円って想像がつきませんがな。
いや、最低賃金でもフルタイム(うちは40時間)働いたら年収500万円越えるんだから、500人いれば30億になるだろう。
計算はできても数字に実感がない。
次に得られた情報が、「各部で代表者を選んで集会を開くことになる」
うぉ、なんか「労働争議」って熟語思い出した。
プラカード持ってデモ行進かなんかするのか?
「当社には労働組合がない。労使がきちんと話し合い、相互理解のうえで手続きを進めるために、まず雇われている側の代表者グループを選任しなさい」って。
イギリスの労働組合って元は、業種別で始まったと聞いている。
歴史的に有名なのが炭鉱従事者かな。
医療関係の組合もたまにニュースで聞く。
いろいろな組合が団結して現政権の労働党の大きな支持層になってるよ。
日本で憶えてるのは日教組。
たまに先生たちが「統一行動」ってやってた。
「教頭先生が授業するんだって?」
と児童は?マーク。
社内に労組があったのは、10年働いた日本の企業で、やれ春闘だ、ベア何%、ボーナス何ヵ月分ってやってた。
普段ヘイコラしてた役員や部長に対して、その時だけ楯突くみたいで不思議な気持ちだった。
社内に多種多様な職種がある我が職場、どうやって団結したらいいのか、部門代表者を寄せ集めて交渉とかできるのかな?
「お前はもう要らん」「ガックシ」
となる日が来る、近未来として目の前にぶら下がっている。
職を失うという危機感無しに、ここ数年、のんべんだらりと働いてきたなあと今さら反省してももう遅い。
遅いくせに「辞めさせられたくない!」と精神的に追い込まれていて、少々体調悪くても、猛暑で熱中症寸前になっても働いてしまうという厳しい夏が私を待ち受けていた。




