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8 ノンストップトレイン

「……なあ、俺達が乗った電車って、嵐電で合ってるんだよな?」

 

「……ええ、そのはずですけど……」

 

 太秦さんに言われて、俺はおずおずと答えた。

 

「それにしちゃあおかしくねえか?この電車、もうかれこれ十五分は走り続けてるぞ。嵐電に特急なんてねえし、せいぜい五分もすりゃ、次の駅に停車してる筈だろ」

 

 そう。この電車は十五分以上の間延々と走り続けている割には、窓の外を黒い木の葉達が通り過ぎるばかりで、駅のようなものはちっとも見当たらない。

 

「ですよね……俺も、ちょっとおかしいと思ってたんです」

 

「私も……もしかしたら、回送列車に間違えて乗っちゃったのかも……」

 

「いや、嵐電は二十三時台まで動いてる。回送にしちゃ早いだろ」

 

 現在時刻は二十一時半を回った辺りだ。彼の言う通り、終電にはまだ余裕がある。

 となると、考えられることはただ一つ。

 

 俺達は妖物の類に化かされている。

 

「妖の仕業か、それとも物の怪か……どちらにせよ、ろくなもんじゃねえな」

 

 太秦さんが、背中に隠してあった二本の刀を鞘ごと抜き取り、腰に差して柄を掴む。ソラは黒い縦長のバックパックを網棚から下ろし、中身の薙刀を取り出した。

 緊張の糸が張り詰める中、「次はー、ヨモツヒラサカー、ヨモツヒラサカー」という、独特の間延びした車内アナウンスが響いた。嵐山駅から発車したばかりのときより音質が悪くなって、音割れが特に酷かった。

 

「ヨモツヒラサカ……あっ、黄泉比良坂か!」

 

 太秦さんは、何かに気が付いたかのようにはっと目を見開き、顔色が真っ青になった。

 

「太秦さん、ヨモツヒラサカって?」

 

「あの世って意味の黄泉に、比べるに良いに坂で黄泉比良坂!日本神話で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、亡くなった妻の伊邪那美命(いざなみのみこと)を追ってあの世に行った時の帰りに、この坂を通ったと言われてる!

 要するに、現世と常世との境目だ!」

 

 現世と常世との境目。

 

 つまり、あの世への入口ということだ。それを聞いた俺は戦慄した。

 

「ってことは、このままだと俺達、あの世に連れて行かれるってことですか!?」

 

「そういうこった!早いとこどうにかしねえと、京都府警の行方不明者リストに、新入りの名前が三つ加えられることになるぞ!」

 

 俺は何か解決策が無いか周りを見渡す。

 

「あっ、非常通報ボタン!」

 

 俺は車内の壁に非常通報ボタンが取り付けられていることに気が付き、迷わずそれを強く押した。

 

「駄目だ、繋がりません!」

 

「当たり前だろ、そもそも運転手の姿すら見えねえんだから!」

 

 太秦さんに言われ、先頭車両の方を目を凝らして見ると、確かに運転席は空席だった。

 

「恐らく、あのときプラットフォームに停車した電車は、それ自体が妖の結界だったんだ。そして、俺達はまんまとそれに飲み込まれちまったって訳だ!」

 

 すると、火花が散ったような破裂音と共に、車内の電灯が一斉に消え、辺りは闇に包まれた。窓の外から流れ込んでくる、青白い月光だけが頼りだった。

 

 俺達は一斉に身体を強ばらせ、陰陽師である二人は、武器を構えて臨戦態勢に入った。

 

「隻、スマホ持ってねえか?ライト機能あるだろ、それ起動させてくれ」

 

「分かりました!」

 

 スマホのライトを使って辺りを照らそうと、スマホの電源を入れる。

 しかし、ただおどろおどろしい砂嵐が表示され続けるだけで、またしてもこの鉄くずは何の役にも立たなかった。

 

「太秦さん、スマホも駄目です、使えません!」

 

「やっぱりか……」

 

 太秦さんは袴の裾を強く握り、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「ねえ、あれ見て!」

 

 ソラの悲鳴にも近い声に、俺と太秦さんは彼女の人差し指の指す方向を見る。

 そこには、進行方向の反対側から、何か黒く濃い煙のようなものがゆっくりと、しかし確実に、洪水を起こした川の水が浸水するように、こちらに這い寄ってきているのが見えた。

 

「お前ら、あれ絶対吸うんじゃねえぞ……。

 気休めにしかなんねえかもしれねえけど、ハンカチか何かあったらそれで鼻と口覆っとけ。ソラはセーラー服のスカーフがあったろ、隻はハンカチ持ってるか?」

 

「あります、太秦さんも気を付けて」

 

 太秦さんに言われた通りに、紺色のタオルハンカチで自分の口元を覆う。ソラは白いハンカチで、太秦さんは白い口布でそれぞれ対処していた。

 

 こちらが慌てふためいているうちに、煙はどんどん濃くなって、とうとう俺達の膝の辺りまで来ていた。煙の発生源は、完全な暗闇に包まれている。

 

「まずいな……。

 とりあえず、お前らはここ、絶対に動くんじゃねえぞ。

 ソラ、お前はどうにかして外に出られねえか調べてみてくれ」

 

 太秦さんはそう早口で言い残して、煙の流れ込んでくる暗闇に足を踏み入れようとした。

 

「待ってください、いくら何でも、一人で行くのは危険すぎます!俺も行かせてください!」

 

「隻の言う通りです!私達が居たら、何か太秦さんを助けられることもあるかもしれないわ!」

 

 太秦さんは立ち止まり、口布を喉元までずらしてカラッとした笑顔で振り向いた。

 

「大丈夫大丈夫、ここは大人に任せなさいな。子供が自ら危険な場所に飛び込んでいく必要なんてあるかっつーの」

 

「でも……!」

 

「おいおい、もしソラの顔に掠り傷でもつこうもんなら、俺がソラん家から怒られる羽目になっちまうじゃねえか。おっかねえんだもん、お前ん家の婆さん達」

 

 まだ何か言いたげなソラの言葉を遮り、太秦さんは冗談めかした口調で言った。

 

「ま、そういうことだから、後は頼んだぞー」

 

 太秦さんは俺達に背を向け、ヘラヘラとした笑みを浮かべてフラフラと手を振りながら、闇に飲まれていった。

 

「……もう!あの人はどうして、人の話を最後まで聞かないのよ!」

 

 ソラが大きな地団駄を踏んで悔しそうに叫ぶ。

 

「そもそも、私はあの人の助手なのよ!?それをか弱い女の子扱いして安全圏に置いてけぼりにするだなんて、そんなのあんまりだわ!あの朴念仁の唐変木!

 私生活はだらしないわ、人遣いは荒いわ、計画性は絶望的に無いわで、もうたくさんだわ!本当、ちゃらんぽらんも良いところよ!」

 

 きっと、太秦さんはソラのことが大切だから、彼女をここに置いていったのだと思う。

 しかし、彼女は助手の自分のことを太秦さんに頼って貰えなかったことが悔しいのだろう。

 

「もう我慢ならないわ、あの頑固者の言う事なんて、聞いてたまるもんですか!

 私、太秦さんの所に行ってくるから!」

 

「ソラ、ちょっと待て!」

 

 俺は今にも走り出しそうな勢いのソラを慌てて止める。

 

「俺も行く。

 荒事は二人に任せっきりで、俺だけ高みの見物だなんて、そんなの嫌だ。俺も行かせてくれ」

 

「でも、隻は陰陽師じゃないでしょう!?何の訓練も受けていないのに、そんなの危険すぎるわ!」

 

 ソラは俺を行かせまいと、必死の形相で俺の両腕を強く掴んでいる。

 

「運良くカルラから貰った能力があるんだから、足手纏いにはならないと誓うよ。

 さあ、行こう」

 

 俺はソラの手を優しく振り払い、そのまま彼女の右手を取って、煙の方へと足を向ける。

 

「……ええ、行きましょう」

 

 ソラもそれに連れて、俺達は闇の中へと足を踏み入れた。

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