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6 カルラ

「……カルラ。釈迦の迦に楼閣の楼に、修羅の羅で迦楼羅って書く。こっちは異名で、本来の名は久我法隆だ。

 歳は分からぬ、だいたい三千年は生きている」

 

 カルラはむくれた様子でぶっきらぼうに自己紹介をした。

 

 大人の姿のときは暗い場所で編笠を被っていた為、顔がよく見えなかったが、今は編笠の代わりに烏帽子を被っている為、その顔立ちがよく分かる。

 カルラは俺とは対照的にとても血色が良く、まん丸くきめ細やかな頬は林檎のようだった。燃えるような赤色の大きな真ん丸の瞳が、灯篭の灯りを反射してきらきらと輝いていて、左目の下には小さな泣きぼくろがある。まだあどけなさの抜けない顔立ちだ。

 

「ふーん、流石は現存する中で最古の物の怪だな。そんだけ長生きしても飽きないもんなの?」

 

 霊さんは、相手が子供なのを良いことにずけずけと物を言う。

 

「……私は物の怪だ。私に『生きる』という概念は初めから存在していない」

 

 カルラの表情が僅かに曇る。それを見た太秦さんは、バツが悪そうに頭を搔いた。

 

「あー……まあ、何だ、うん、どんまい。ごめん、ちょっとからかおうとしただけだって」

 

「どんな励まし方だ!」

 

 霊さんの適当な態度にカルラは激昂している。

 

「うるさいな、俺は子供の相手は苦手なんだよ。相手にしてやってるだけ有難いと思いな」

 

「貴様に相手をしてくれなんて誰も頼んでおらぬ!

 あと私はガキじゃない!貴様等青二才よりも余っ程長く生きているわ!」

 

「その姿のまま何抜かしてやがんだよ。

 お前は今や、かの初代安倍晴明を負かした伝説の物の怪じゃない。ちょっと霊力が強くて気が大きいだけの、ただのガキンチョなんだよ」

 

 霊さんに図星を突かれて、カルラはぐうの音も出ないらしく、悔しそうに唇を噛み締めていた。

 

「いつか絶対に霊力取り返してやる……」

 

「え、まさかとは思うけど俺殺されるの……?」

 

 こちらを虎視眈々と見つめるカルラの瞳に、俺はたじろいだ。

 

「いや、人を殺したところで、そいつの霊力は手に入らない。さっきの出来事は偶然に偶然が重なって起きたことであって、他人に霊力を渡す方法は、未だに正確には分かっていない。

 だが、過去にも同じような出来事が起きたという記録は、幾つか存在しているのだ。貴様が死ぬまでにその方法を見つけ出して、どんな事をしてでも必ず霊力を取り返してやる……」

 

 カルラにこてんぱんに叩きのめされる大人になった自分の姿を想像して、俺は身震いした。

 

「それにしても、陰陽師か……」

 

「胡散臭えだろ?これでも、俺はこの仕事で食っていけてるんだぜ」

 

 俺の呟きを聞いた太秦さんが、いたずらっぽく言う。

 

「いえ、そんな事ないですよ。

 ……実は、俺の曾祖父も陰陽師だったらしいんです。

 記録も何も残ってないし、本当かどうかは怪しいところですけど。本当だったとしても、子孫の俺がこんなんだから、お二人みたいに強かったとも思えないし。

 俺、曾祖父が陰陽師だったってこと、ずっと信じられなかったんです。それどころか、胡散臭い話だと思ってた。

 でも、今日、太秦さんとソラに出会って、お二人のこと、俺は格好良いと思いました。こうして現代に陰陽師が存在している以上、曾祖父の話も、ひょっとしたら本当なのかもしれないし。

 ……俺も、こんな風になれたらな」

 

「……そうかい、そりゃ嬉しいよ。

 つーか、ひいじいちゃんも陰陽師だったんだな。名前は?」

 

「郭賀宗兵衛と言います」

 

 俺は正直に答えただけだったのだが、太秦さんとソラは目を丸くした。

 

「お前、今『郭賀宗兵衛』っつったよな!?」

 

「本当に、あの郭賀宗兵衛の子孫なの!?」

 

「そうだけど……」

 

 ソラに向かって一瞬目配せをして、太秦さんは話を続ける。

 

「郭賀宗兵衛って、明治から昭和初期にかけて活躍した、超大物の陰陽師だよ!」

 

「え、そうなの……?てっきり、霊感商法か特殊詐欺か何かの人かと……」

 

「ンな訳あるか!この界隈なら知らねえ奴は居ねえ、現代に通ずる妖祓いの第一人者だ!」

 

「第一人者って……安倍晴明とか、蘆屋道満とかじゃないんですか?」

 

「ええ、その通りよ。

 でも、江戸時代までは、身分制度があったでしょう?それまで、陰陽師というのは、貴族や一部の有力な士族達の為に存在していたのよ。

 飛鳥時代まで、妖や物の怪の見える人々は、世間から隔離されて差別されていたの。その時代、霊力を持つ人々は今よりずっと人間離れした姿形をしていたから。

 でも、人間に悪さをする妖を倒せるのは彼らしか居ない。そこで、かの聖徳太子は彼らを朝廷に招き、妖退治の仕事を与えた。

 彼らはそこから徐々に地位を上げていき、平安時代には既に『陰陽師』という身分が確立されていたわ。その後は江戸幕府が倒れるまで、陰陽師という身分を持つひと握りの人々のみが、妖祓いを行うことを許されていたの。

 そして、明治時代に入ってからは、四民平等の原則によって、形式上は職業選択の自由が認められたわ。そこで、平民の中で先陣を切って陰陽業を始めたのが、あなたのひいおじいさんなのよ」

 

「へえー、そんな凄い人だったんだ……」

 

 ソラの話を聞いても、いまいち実感が湧かない。

 

「お前のひいじいちゃんが居なかったら、俺らは今頃、ただ妖が見えるだけの一般人に過ぎなかった。俺がこの仕事で食っていけてるのも、先人である彼が道を切り拓いた賜物だってことよ」

 

「そうなんだ……。

 帰ったら、家の者に詳しく聞いてみますね」

 

 その時、太秦さんとソラが密かに目配せをしたように見えた。

 

「……そうだな。

 よし、もう遅いし、そろそろお開きにしますか。うし、帰ろうぜー」

 

 太秦さんは縛られているカルラを放置して、そのまま帰ろうとする素振りを見せる。

 

「おい、ふざけるな!お前が縛りつけたんだから、責任持ってお前が解け!」

 

「あー、ごめん、すっかり忘れてた。

 つか、お前の力があればちょちょいのちょいで抜け出せるだろ」

 

「何故私が貴様なんぞの為に力を使わなくてはならない!」

 

「はいはい、分かりましたよ。ったく、骨の髄までクソガキだな……」

 

 太秦さんは腰に二つ差した鞘の片方から七星剣を抜き、カルラを縛り付けていた縄を斬った。

 

 斬られた縄ははらはらと解けて、カルラは久方ぶりの自由に慣れない様子で、手を握ったり開いたりしていた。

 

「あとは自分の好きにしたらいいさ。どこへでも、好きな所に行くこったな。

 ほら、二人もさっさと帰るぞー。もう夜中の十時だ、あんまり遅くなると、親御さんも心配するだろ」

 太秦さんは、俺とソラに向けて手招きをした。

 

 ソラは「はーい!」と元気よく返事をして太秦さんの元へ駆け出したが、俺はすぐに彼らの元へと向かう気にはなれなかった。

 

 出会いには紆余曲折あったものの、カルラとこんなにも呆気なく別れてしまうのは、どこか後ろ髪を引かれるような思いがある。最初の頃こそ恐怖の対象でしかなかったものの、子供の姿になってからは、ちょっと生意気な、まだまだ可愛い盛りのただの子供にしか見えない。最終的には、何だか可愛く思えてきていた。

 それに、俺とカルラの霊力の波長がぴったり一致したという事にも、偶然ではないシンパシーのようなものを感じていた。太秦さんに、霊力の波長が一致するのは天文学的確率だと言われてからというもの、カルラがただの他人だとは思えなくなっていた。

 もし自身の命を狙っていた物の怪に情が湧いてしまったと二人に知られたら、お人好しだとか考えが甘いだとか、色々と苦言を呈されそうなものだが、俺はやっぱり、何か運命のようなものを感じていた。

 

 俺はカルラの方に振り返り、「どうか、達者で!」と呼びかけて、右手を大きく振った。

 その時には、カルラは既に俺達に背を向けて歩き始めていた。

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