5 亜麻色の髪の少年
「あ!太秦さん、目覚めましたよ!」
「お、やっと起きたか!あー、心配して損した……」
俺は二人の慌てる声で目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。頭がズキズキと痛んでいる。
「俺、生きてるんですか……?」
あの炎を真正面から喰らったことで、俺はてっきりもう死んでいるものだとばかり思っていた。あんな物を頭に思いっきりぶつけられて生きていられる人間が居たら、それは最早、人間というより化け物だ。
「ええ、かなり長いこと眠ってはいたけれど……どこか痛い所とか、ない?」
「ちょっと頭が痛いくらいで、その他には特に……」
「そう……。なら良いんだけど……」
俺は起きたときから気になっていたことを尋ねることにした。
「あの、さっきの男は一体……?」
「ああ……それなんだけどね。あの、後ろ……」
女の子がおずおずと俺の背後を指さしている。
俺はその白くて細い人差し指のさす方向に目を向ける。
そこには、八歳くらいの年頃の、亜麻色の短髪の男の子が、縄でぐるぐる巻きに縛り上げられていた。白い水干に紺色の袴を着け、腰には一振の刀を差している。
「うわっ、誰!?」
「そいつがカルラだよ。何かよく分かんねえけど、気付いたらその姿になってたんだよ」
男性は、少年の姿になった物の怪の右頬を引っ張っている。物の怪は元の姿のときと比べて随分可愛らしい声で、「ほひ、はへろ、ひっはるは!」と、舌っ足らずな言葉で叫ぶ。
「おい貴様、私の霊力返せ!」
「えっ、俺?」
太秦さんの右手から逃れた少年は、俺のことを真っ直ぐに睨みつけている。
俺は少年の言う事の意味がさっぱり分からず、ぱちぱちと瞬きをした。
「私がこの男にぶつけようとした霊力に、貴様が勝手に被弾して、貴様に霊力を吸い取られたんだ!霊力は減っちまうわ、そのせいでこんなガキの姿になっちまうわで、もう散々だ!」
「えっと……どういう事?」
状況が飲み込めない。
確かに俺は物の怪の放った炎にぶつかったが、それがどうして俺が霊力を吸い取ったなんていう話に繋がるのだろう。
「普通、他人から霊力をぶつけられたら、ダメージを負うのが当たり前なんだがな。
前提として、霊力には人それぞれの波長っつうもんがあるんだけどよ。コイツとお前の霊力の波長がピッタリ一致したせいで、コイツが放った炎に含まれる霊力は、お前に吸収されちまったんだ。こいつは天文学的確率だぞ。
そして、その衝撃で霊力のコントロールが利かなくなって、カルラの霊力が大量に放出されたんだと。放たれた霊力は、もれなくお前の身体の中に収まっちまったよ。
で、霊力が減ったコイツはこうして子供の姿に……って訳さ。
ちなみに、霊力の不足で結界も解けて、今俺達のいる場所は、現実世界の嵐山なんだとよ」
「な、なるほど……?でも、どうして俺の姿は変わってないんですか?」
水溜まりに映る自分の姿を見たところ、特に老いたり幼くなったりしているようには感じられない。いつも通り、血色の悪い青白い肌の、特に何の特徴のない若者の顔だ。
「霊力の量によって姿が変わるのは、妖や物の怪だけだからだよ。
普通、人間は霊力が増えれば、妖や物の怪が見えるようになったり、術が使えるようになったりする。お前の場合は恐らく後者だな」
「術って……俺、特に何の変化もありませんけど」
「うーん、そうだな……。
試しに、そこの石塔の火を操ってみるとか?ほら、こいつも提灯の火で同じようなことやってたし」
「そんな事言ったって、そう簡単に出来るようなもんじゃないでしょ……」
俺は言われるがままに石塔の火に手を伸ばし、動かそうと念じてみる。
すると、炎が大きく揺らめいたと思うと、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、俺の掌の中に独りでに吸い寄せられていった。
「うわっ、ちょっ、熱……く、ない……?何だ、これ……」
炎は俺の掌の上でパチパチと燃え滾っている。しかし、不思議と火傷をすることもなければ、熱さを感じることもなかった。
「おー、凄いじゃん。
その力を使って、ちょちょっとこの生意気なガキを火刑に……」
「その小僧の術は元々私の術なんだ、それで私を燃やせる訳がないだろう!」
さらっととんでもない事を提案してきた男性に、少年が猛抗議する。
「そもそも、少し痛い目を見せてやろうと思って、冗談で脅かしただけだってのに、それを真に受けて本気で真剣を持ち出す奴が居るか!人の住処に土足で上がり込んできた小僧を懲らしめるついでに、ちょっとばかしからかってやったら、あとは人里に返してやろうと思ってたのに!」
「ご、ごめん。
俺も本当は肝試しに来たんじゃなくて、何故か学校に現れた鏡に吸い込まれて、たまたま迷い込んできちゃったんだよ。悪気があった訳じゃなかったんだ」
「そもそもねえ、あんただって思いっ切り真剣振り回してたでしょうが。人をからかうのに真剣を持ち出す奴が居るかっての」
太秦さんの言葉に、カルラは言い返せずに悔しそうに唇を噛んでいた。
「で、このガキどうするよ?このまま放置して帰るか?」
「ふざけるのも大概にしろ!貴様等この場で纏めて燃やすぞ!」
「残念でした、彼のことはお前の術じゃ燃やせませーん」
男性の大人気ない煽りを無視して、俺は二人に向き直った。
「あの、お二人とも、助けて下さってありがとうございました。
自己紹介が遅れてすみません、俺、宗坂高校一年生の矢幡隻と言います。漢字は弓矢の矢に、八幡製鉄所とかの幡に、隻眼の隻です」
「いえいえ!人として当たり前のことをしたまでですから!
改めまして、聖叡フィロソフィア女学院高等部一年生、小鳥遊曽良です!タカナシは小鳥が遊ぶって書いて、ソラは曽根の曽に良いって書きます!松尾芭蕉の弟子の曽良と同じ字です!」
彼女は宝石のような瞳で俺のことを真っ直ぐに見つめる。
今まで慌ただしくしていて気が付かなかったが、改めて見るととても可愛らしい顔立ちをしている。
童顔で目がぱっちりと大きくて、眉は弓なり、ほんの少し下膨れのした薔薇色の頬。唇はふっくらとしたハート型で、鼻筋はすっと真っ直ぐに通っている。どことなく小鹿に似ていると思った。
「俺は霊太秦、幽霊の霊に、太秦映画村の太秦。陰陽師やってて、こんな感じだけど、一応第三十四代目安倍晴明やらせてもらってまーす。年は二十五、よろしく」
太秦さんは頭をポリポリと掻きながら自己紹介をした。
後ろで無造作に束ねた、ダークブラウンの蓬髪が印象的だ。乾いた唇から白い八重歯が覗いていて、目の下には濃い隈がある。目尻が緩やかに下がった三白眼は、親しみやすさに加えて、哀愁を感じさせる柔らかさがあった。
そして、両耳から唇、果てには眉や鎖骨に至るまで、大量のピアスが月光を反射してぎらぎらと輝いていた。
「……俺、本物のギャル男って初めて見ました……」
「誰がギャル男だ!!別に日サロ行ってねえし、金髪ウルフでもねえし!あのピエロみたいな先の尖った意味分からん靴なんて誰が履くかっつーの!」
「ギャル男の特徴がそうやってパッと出てくるあたり、まあまあ片足突っ込んでると思います」
ソラに言われて、太秦さんは「ギクッ」とでも言いたげに口角を引き攣らせた。ギャル男っぽく見られるの、ちょっと気にしてるのかな。
「……で、お前は?」
霊さんが先程から黙り込んでいる少年を軽く小突くと、少年は渋々といった様子で口を開いた。




