15 入居手続き
俺が暮らしているのは、築百五十年を超える古びた日本家屋だ。
ここは俺の母方の曾祖父である郭賀宗兵衛が建てた家で、彼が亡くなってからは、色々な人の手を渡り歩き、最終的に俺の父方の伯父が相続した。
多くの人々がこんな立派な屋敷を次々に手放してきた理由は、軒並み発生する心霊現象にあったらしい。
この屋敷は、何の因果か、曾祖父の代から多くの妖怪が集まる屋敷として有名だった。
そして、時の流れと共にその数は増し、四十五で亡き人となった曾祖父に次いで曾祖母が亡くなってからは、屋敷には誰も寄り付かなくなって、長年の間放置されてきた。
彼らより後の代には、妖が見える者が一人も生まれなかったのだ。妖が見えない人が、このお化け屋敷を気味悪がるのは無理もないだろう。
そして、曾祖父の亡き後約五十年が経過して、現在の親族の中で唯一妖を見ることが出来る人間が生まれた。それが俺、矢幡隻である。
俺は元々、一家で都市部にあるマンションに住んでいたのだが、中学三年生の頃に、両親が仕事の都合で急遽イギリスに行くことになってしまった。
俺は折角合格した学校を辞めたくなかったし、住み慣れた故郷も離れたくなかったから、日本に残って一人暮らしをすることを決断した。
当然ながら大揉めだ。十五歳の子供が突然一人暮らしをするなんて言い始めたら、両親が止めるのは当たり前だ。
俺はどうやって両親を説得しようかと悩んでいたのだが、そこでここぞとばかりに助け舟を出したのが、現在の屋敷の所有者である伯父だ。
どうやら、俺に空き家となっている屋敷に住んでもらって、あわよくば幽霊屋敷の管理を代わってもらおうというのが、伯父の魂胆だったらしい。屋敷の最低限の掃除をするなら、タダで屋敷に住んでも良いという提案を受けた俺は、ひとまず噂のお化け屋敷を見に行くことにした。
伯父に連れられて一家で屋敷を見に行ったとき、両親はその暗く陰鬱な雰囲気に難色を示していた。確かに、普通の人がこんな場所に居たら調子が狂うのは当然の事だろう。その理由は、長らく屋敷に居着いていた住人達の存在にある。
俺は屋敷に一歩足を踏み入れた瞬間から、今まで感じたことのない異様な雰囲気を感じ取っていた。そのうち、この屋敷には大量の怨霊が居るという噂は、あながち間違ってはいなかったことに気付くこととなる。
しかし、幸運なことに、きよを筆頭とする妖達は、俺が屋敷を訪れたその時から、俺のことをこれ以上無い程に大歓迎してくれた。
約五十年越しに、自分達の存在を知ることが出来る人間が現れたのだ。その上、自分達が実の家族のように慕っていた郭賀宗兵衛の血を引く者ときた。妖達はそれはもう大喜びだった。
特に、曾祖父と長い付き合いだったきよは、いきなり押しかけてきた俺を恐れるどころか、「まるで宗兵衛が昔の姿のまま生き返ったようだわ」と言って、色々なお菓子をくれたり、若かりし頃の曾祖父の話を聞かせたりと、初対面の俺をとても可愛がってくれた。
その後も何度か話し合いがあったが、俺は結局、住人達と伯父に勧められるがままに、この屋敷に住むことが決まったのだった。
両親は心配していたが、一週間に一回は必ず電話をかけることと、伯父が定期的に様子を見に来ることを条件に、一人暮らしを許してもらった。
事故物件だろうが妖怪屋敷だろうが、住めば都である。
俺も何だかんだ言って妖怪達のことは憎からず思っているし、毎日騒がしくしているお蔭か、一人暮らしを始めてから孤独を感じたことは一度もない。朝起きたら温かい朝食が用意されているし、風邪をひいたときには、不器用なりに総出で看病をしてくれる。
何はともあれ、少々特殊な環境ではあるが、俺はそれなりに幸せに暮らしている。
「……という訳なんだ」
「……これだけの数の妖怪を相手にものともしないとは、貴様も中々肝が据わっているな」
「妖なんて、どんな場所だろうと、探せばいくらでも見つかるだろ。そんなに悪い奴らでもなさそうだったしね。
ところで、カルラは明日からどうす……」
言い終わらないうちに、ガタガタと音を立てて襖が外れ、妖怪達の山が雪崩込んできた。
「あんた、まさか今『カルラ』って言った!?」
先頭に居た紅子が、切羽詰まった様子で声を張り上げた。
「そうだけど……。
というかお前ら、雁首揃えて盗み聞きか?意地汚いぞ」
「そんな事はどうだっていいんだよ!おいら達、そんな大物を前にしてたのかよ!?」
一太が青い顔をしてやいやいと声を上げる。余程焦っていたのか、頭を壁かどこかに派手にぶつけたらしく、長い焦げ茶の前髪の間から覗く額が赤く腫れていた。
「カルラのこと、知ってるのか?」
「知らない訳ないだろ!間違いなくこの世の物の怪の中で中で最も有名だと言える、超有名人だぞ!?」
「え、そうなの?」
「わっちの知る限りでは、嵐山に封印されていたと聞いておりんしたが……何故、このようなお姿に?」
艶やかな色とりどりの友禅の着物を重ねた妖艶な花魁が、煙管を口から離して、板に着いた廓言葉で言う。
彼女は化猫遊女、源氏名を「雛紫」と言う。かつて江戸時代に栄えた花街に潜み、大輪の薔薇のように美しい遊女の姿から化猫になって、遊郭の客を食う妖怪だ。
その名の通り、瞳孔が柳の葉のような形をした金色の瞳を持ち、頭からは大きな三角形の髷の代わりに見事な猫耳が生えている。
雛紫の視線の先の少年に目を向けると、虫の居所が悪いのか、頬を赤く染めて、住人達から目を逸らしている。
「……散歩してたらいきなりコイツが入ってきて、ちょっと脅かしてやろうと思って斬りかかったら、急に出てきた知らない陰陽師二人と斬り合いになって、何やかんやでコイツに霊力吸い取られてこうなった」
口に出すのを躊躇いつつもはっきりとしたカルラの言葉を皮切りに、住人達の瞳が一斉に俺の方を向く。
「アンタ何してんのよ!殺されてもおかしくないわよ!?」
紅子が悲鳴に近い声を上げる。
「その陰陽師とは、一体誰のことでありんすか!?」
雛紫が煙管を真っ二つに折らんばかりの勢いで言う。
「ああ、確か太秦とか言ったか……本人の言う所によると、かの安倍晴明の血を引く男らしい。
とにかく、私は霊力の一部を失って、こうして子供の姿になってしまったのだ。封印が解けたのは良いが、肝心の霊力を取り戻す方法が分からない。
そこで、その方法が分かるまで、こやつの用心棒を務めてやることにした。こやつに死なれては、私の霊力は取り戻せないままだからな」
住人達の「へえー……」という声が聞こえる。
「今日から、暫く世話になる。よろしく頼む」
カルラの言葉に、一同は口をあんぐりと開けたまま硬直していた。
「……ようこそ、我が矢幡家へ」
そう言って、俺は苦笑いを浮かべた。
これが、カルラが家にやって来た日の一部始終であった。




