14 帰宅
「ほら、あれが俺の家だよ」
西大和通を歩いていると、見慣れた日本式の門扉が見えてきた。奥に見える母屋のガラス戸から灯りが漏れていることから、住人達は未だに家主の帰りを待ち続けているのだろう。
俺はきよからの長い長いお説教が待っていることを予想して少々気が重くなったが、沢山の妖怪達に心配をかけてしまったことを申し訳なくも思った。
「随分立派な屋敷じゃないか。今の時代にしては珍しいな」
「俺の父方の曾祖父が建てたのが、大戦後にも運良くそのまま残ってたんだ。それを伯父が相続したんだけど、色々あって俺が住まわせて貰ってるんだよ」
「色々、というと?」
「まあ、入ってみれば分かると思うけど……」
俺は学生鞄から鍵を取り出して、瓦屋根の下に取り付けられた電灯を頼りに、門の鍵穴を探り当てて差し込んだ。
ガチャリという音と共に鍵を回して、ガラガラと引き戸を開ける。
すると、間髪入れずに母屋の玄関扉が派手な音を立てて開かれ、無数の妖達がこちらに向かってドサドサと駆け出してきた。
「坊っちゃん、随分遅かったじゃないの!」
俺が呆気にとられている間に、大層不安そうな顔をしたきよが飛びついてくる。
「一体全体何があったの、おばばに全部話してちょうだい!」
「あ、あはは……えーっと、ちょっと学校帰りに物の怪に絡まれちゃってさ……」
「おいら達、兄ちゃんのこと随分心配してたんだよ!」
右目を長い前髪で隠した、絣の甚平の少年が駆け寄ってくる。
彼は一つ目小僧。名を一太と言って、人を脅かしたり怖がらせたりするのが大好きな、イタズラ好きの問題児だ。多くの人が思い浮かべるであろう、坊主頭に大きな単眼の妖怪とは異なり、本来右目がある部分が前髪で隠れている以外は、殆ど普通の子供と変わりがないのがタチが悪い。
しかし、この悪ガキにこうも身を案じられたとあらば、途端に居た堪れなくなってくる。
「ごめんごめん。
まあ、こうして無事だったんだし、そんなに心配しないでよ」
「それもいいけど、隻、後ろの物の怪は一体誰なのよ?アンタの知り合い?」
言葉に詰まる俺をよそに、スラリと背の高い女の妖怪がカルラの方に目を向けている。
彼女はろくろ首、本名は紅子と言う。世間に広く知られている通り、首が蛇のように長く伸びる妖怪だ。
一般に想像されるろくろ首の姿といえば、地味な着物に日本髪を結った女が、青白い首を長く伸ばしている、恐ろしげな容貌であろう。
しかし、俺の家に住み着いているろくろ首は、葡萄色の振袖に海老茶の袴を着け、髪の毛を下ろして大きな赤いリボンを着けた、大正時代の女学生のような風貌だ。
彼女の言葉を境に、多くの妖達がカルラの方を覗き込んでくる。
カルラは初対面の人を前にして萎縮する子供のように、俺の背中に隠れて、制服の裾をぎゅっと握り締めた。
「お前ら、あんまりジロジロ見るんじゃないぞ。ほら、コイツ怖がってるだろ」
俺の言葉を聞いて住人達は後ずさりしたが、少しするとやはりカルラの方に視線が集まってくる。
「えーっと……コイツのこと、色々あって住まわせてやることになったから、まあ仲良くやってくれ」
「住まわせてやるって……。そもそも、アンタどこでこんなガキンチョ拾ってきたのよ?あたし達にも、ちゃんと訳を話して頂戴よ!」
紅子が大きなつり目を更に見開いて抗議の声を上げる。
「分かった分かった、後で話すってば。
とりあえず暑いから、皆、中に入ろう。ほら、上がって上がって」
俺が手を差し伸べると、カルラはおずおずと俺の手を握った。
俺はそのまま妖でできた壁を避けて、母屋に足を踏み入れる。それに続いて、後ろから住人達がぞろぞろと入ってきた。
カルラは小さな手で可愛らしいサイズの草鞋を揃えてから家に上がる。
俺も玄関で学校用の黒いローファーを脱ぐ。すると、何だか色々なものから解放されたような気がして、魂が抜けたようにどっと疲れが襲ってきた。
当たり前だ。学校帰りに嵐山に迷い込んで、そこで妖に襲われて、嵐電の中でまた別の妖と戦って。果たして今日だけでどれだけ身体を酷使したのだろうか。明日の朝目が覚めたときには、高熱が出ていても不思議ではない。
俺はそのまま玄関で倒れ込んで眠ってしまいたい衝動に駆られたが、どうにか堪えて、普段は滅多に使うことのない客間までカルラを案内した。廊下を歩く間も、やはり多くの妖達が遠巻きにこちらの様子を伺っているのが認められた。
「そんなに暇なら、一反木綿辺りが茶でも沸かしてきたらどうなんだ?」
俺は時折こちらをチラチラと見てはクスクスと笑っていた、顔の代わりに墨で「へのへのもへじ」が描かれた白い布切れを睨みつけ、お茶を汲んでくるように命じた。
一反木綿はいきなり名指しで雑用を命じられてギョッとしたらしく、「何で俺!?」とでも言いたげに「ぎゅえっ!」と一鳴きして、周りをキョロキョロと見渡した。
しかし、その頃には俺の目論見通り、俺に雑用を押し付けられたくない妖達は、全員が退散しており、その場には一反木綿以外誰も居なかった。
布切れは大人しく諦めて、物言いたげな雰囲気のまま、渋々台所の方に向かっていった。
応接間の襖を開け、押し入れから座布団を取り出して、座卓を挟んで二つ向かい合うように並べる。
「ごめんな、あんな奴らばっかりで。落ち着かないだろ。とりあえず座ってくれ」
カルラが座布団の上に座ったタイミングで、一反木綿がふよふよと浮遊してやって来た。脚とされるであろう布の端を、器用に湯呑みの載った盆に巻き付けている。
そのまま盆を机の上に置き、布を使って湯呑みをカルラの前まで動かして、不服そうに去っていった。盆には茶菓子代わりのチョコパイが載っている。
「……?何だこれは?」
カルラは盆の上の袋を指さして言った。
「ああ、チョコパイだよ。駄菓子みたいなもんだけど、まあまあ美味いんだぞ」
俺はチョコパイを取ってカルラに差し出す。彼は袋を開けてチョコパイに齧り付くと、目を輝かせて言った。
「美味い!何だこれ、滅茶苦茶に美味いぞ!」
「そりゃ良かった。
まだあるから、良かったらどうぞ」
余程気に入ったのか、カルラはチョコパイにがっついている。
ものの数十秒で二つのチョコパイを食べ終わった彼は、満足そうな顔をして口を開いた。
「あの様子を見て、漸く貴様の言った『色々』の意味が理解出来たよ。こんな化け物屋敷に住むなんて、常人の成せる業じゃないぞ」
「そりゃ良いのやら、悪いのやら……」
「それにしても、お前はどうしてあのように大勢の妖を従えているのだ?」
「ああ、それはね……」
俺はカルラに、自身が初めてこの屋敷にやって来るまでの一部始終を話すことにした。




