12 決意
太秦さんは、打算が見え隠れした目つきで、じっとこちらを見つめている。有無を言わせないその眼差しに、俺はタジタジになって肩を縮めた。
「……確かに、太秦さんやソラみたいな、笑って人を助けられるような存在になれたら、どんなに良いだろうと思うときはあります。でも、俺なんて、何やっても空回りするばっかりで、結局人に迷惑かけて……。
俺なんかが太秦さんの下で働いたところで、足を引っ張ってばかりだと思いますよ」
いくら俺が無鉄砲な性格だとはいえ、そう簡単に「はい分かりました、明日から陰陽師やります」と言える程ではない。さっきの戦いがもし本当の妖祓いの仕事だったら、カルラが居なければ、俺はそのまま妖に潰されて死んでいただろう。俺の命一つで済めばまだしも、太秦さんとソラまで巻き込んでいたらと思うと、ぞっとする。
そんな俺の心情を読み取ってか、太秦さんは更に言葉を重ねた。
「……手前味噌にはなるけどさ、良い仕事だよ。人付き合いは大変だし、怪我だってするし、収入も不安定で、とても表沙汰に出来るような仕事じゃないけどな。
でも、俺らの仕事は、死者を現世から解放することが出来る唯一の仕事だ。生きてる人間を助けたいなら、警察でも消防士でも医者でも、まあ色々あるけどさ。死んだ人間を成仏させるなんて離れ業は、妖を見ることが出来る俺達にしか出来ない。
お前、さっき、俺らみたいになりてえって言ったろ。ひいじいちゃんがあんだけ凄い人なんだ。お前ならきっと、俺らと同じどころか、俺らよりもっと強い陰陽師になれる。郭賀宗兵衛の血を引き、迦楼羅天から授かりし術を持つ、サラブレッドの爆誕だ。
きっと世界でただ一人、お前にしか出来ないことが沢山ある筈だよ」
太秦さんの言葉に、俺は目が覚める思いがした。
そうだ。俺はずっと心のどこかで、特別な何かになりたいと願って生きてきたじゃないか。
何かたったの一つでも俺に何か出来ることがあるなら、それで世界中のたったの一人でも救われる人が居るなら。
経験や実力の差が何だ。そんなもの、努力と気概で覆してしまえ。
最早、俺に迷う理由は無かった。
「……俺、陰陽師になります。
太秦さんの下で、俺に陰陽道を学ばせてください!」
太秦さんは優しく微笑むと、俺の肩を何度か軽く叩いた。
「お前なら、そう言ってくれると思ったよ。
それじゃあ、ソラと同じく俺の助手ということで、頑張って貰いましょうかね。詳しいことはまた明日、学校帰りに事務所に来てもらって説明するわ」
「はい、頑張ります!」
「やる気があっていいねえ。そういう子好きよー、俺」
太秦さんもソラもすっかり掌を返して張り切っている俺の様子を見てクスクスと笑っている。
「んじゃ、今日はもう遅いし、今度こそお開きにすっか。
つか、結構遅くなっちゃったけど、隻の親御さん心配してない?大丈夫?」
「ああ、色々あって一人暮らしなので……」
正確には一人暮らしではなく、妖との共同生活という非常に厄介な状況に陥っているのだが。
「へえー、高校生で一人暮らしって、珍しいな」
「あはは……」
恐らく、高校生の一人暮らしよりも、妖とのルームシェアの方が珍しいと思う。
「家事とか大変じゃない?」
「あー……まあ、何とかやってるよ」
全て妖にやらせているとは言えずに、俺は言葉を濁した。
そして、本物の嵐電の車両がプラットフォームに滑り込んでくる。
「俺らはバスで帰るから、気ぃつけて帰れよー」
「またねー!」
「はい、失礼します」
俺は電車に乗り込み、数秒後に扉が閉まった。
ガラス越しにプラットフォームを覗くと、太秦さんとソラが手を振っていた。手を振り返していると、間もなく電車が動き始め、二人の姿はすぐに見えなくなってしまった。
「……で、何でお前は着いてきてるんだ?カルラ」
俺は座席に腰掛けてから、当然の如く隣に居座っている少年に目を向ける。
「今回の一件でよく分かった。
私がちょっと目を離していたら、貴様は私の知らないところであっさり死にかねない。そうなれば、私が失った霊力は戻らず終いだろう。
喜べ。私が貴様の用心棒になってやる」
カルラは座席の上でふんぞり返っている。
「用心棒?」
「ああ。この迦楼羅天が直々に従者になると言っているのだ。感謝することだな」
「じゃあ、俺ん家に住むのか?」
「不本意だが、そういう事になる」
「まあ、家には他にいくらか妖が居るけど……カルラがそれでいいなら、俺は別に構わないよ。
あ、でも、学校に着いてくるのだけは勘弁してくれると嬉しいかな……」
既に何十体という数の妖が住み着いているのだ、今更一人客人が増えたところで大した影響は無いだろう。それに、俺の家は無駄に広いから、空き部屋はいくらでもあるし、一つくらいなら貸してやることもできる。
俺達以外に乗客が居ないとはいえ、流石に一両編成の嵐電の中で空席に向かって長々と話しかけていたら、運転手に怪しまれるだろう。
俺とカルラはそれ以上会話を交わすことはなく、ただ電車の揺れに身を任せていた。
嵐山駅から北野白梅町駅まで移動して、バスに乗り換えて「金閣寺道」で下車する。移動している間はずっと、痛い程の沈黙が流れていた。
「ところで、お前の言っていた『地獄門』って何なんだ?」
家路を辿りながら、俺は先程から気になっていたことを口に出す。
この辺りの道は昔ながらの戸建てが多く、そのため街灯も殆ど無いに等しい。夜になると、いつも周りの家々の窓から漏れる電灯の明かりを頼りに歩いているのだが、余程遅くなってしまったのか、今やその照明すらもまばらである。
「貴様に分け与えた能力の名前だ。真っ赤に燃える地獄の門から名付けられたらしい」
「名付けられたらしい、って……名前付けたのって、カルラじゃないのか?」
「初めに言い出した者の名は知れないが、少なくとも私ではない。それは私の名についても同様だ。
まず、迦楼羅というのは、仏法を守る神の名だ。鳥頭人身の姿で、口から炎を吹くと言われている。大方、私が火を自由自在に操り、炎の翼を持つことから名付けられたのだろう。だが、そもそも私は鳥頭でもなければ、口から火も吹かない。
第一、物の怪は現世の中で一番神に近い存在だと言われてはいるが、どう頑張っても神になることは出来ない。物の怪は生まれてから消え去るまで、一生物の怪のままなんだ。人に忘れ去られることを恐れながら死を待つだけの、愚かで悲しい、ちっぽけな存在だ」
どことなく、カルラの表情に影が射した気がした。




