11 ヘッドハンティング
「まさか、マジで俺たちゃ、駅から一歩も出てなかったとはな……」
太秦さんがため息混じりに力なく笑い、その場にへたりこんだ。
彼の顔からはあのおどろおどろしい文様と傷跡が嘘のように綺麗さっぱり消え去っており、身体中にべっとりとこびり付いた、血と化け物の黒い体液も、嘘のように無くなっていた。
「本当に、大変な目に遭いましたね……」
ソラも薙刀をカランと音を立てて取り落としている。その透き通るような肌には、痣や傷は一つも見当たらない。
俺も、身体中に付着した黒い粘液は消えたものの、制服は土埃に塗れていた。しかし、幸いにも無傷だったお蔭で、汚れを落とせばまだ制服は使い物になりそうだ。
そして、俺は隣でふてぶてしく腕を組んでいる少年を見た。
「カルラ、助けてくれてありがとう。カルラが居てくれて命拾いしたよ」
カルラは一瞬俺のことを見つめたかと思うと、ぶっきらぼうにこちらから目を逸らした。
「ふん!私が居なかったら、貴様等は確実に死んでいただろうな!首の皮一枚繋がったというところだ!」
カルラは顔を耳まで真っ赤にしてそっぽを向いている。
「え?何、何?お前、感謝されて照れてんの?カルラ君も、ちょっとは可愛いとこあんじゃないの」
「別に、貴様等の為に助太刀に来たのではない!小僧に早死されては、私は霊力を取り戻せないままではないか!態々探してやったことに感謝することだな!」
太秦さんはニヤニヤしながらカルラを小突いている。
その時、顔を上げた俺は太秦さんの背後に佇んでいる、仮面を着けた和装の女の姿に気付いた。
「うわっ、誰!?」
驚く俺を他所に、太秦さん達は平然としている。
「……っと。一段落ついた所で、ネタバラシといきましょうかね」
「え?」
太秦さんの口から「ネタバラシ」という不穏なワードが聞こえてきて、俺は身構えた。
「テッテレー、ドッキリ大成功ー!」
満面の笑みのソラが、声高らかに宣言する。
「いやあ、初めてにしちゃ本当によくやったよ、矢幡君。お前、マジで才能あるって」
太秦さんが拍手をしながらこちらを見つめている。
「あ、あの……?すみません、ドッキリとは……?」
俺は思考が状況に追いつかず硬直する。
「あの化け物も嵐電の車内を模した結界も、ぜーんぶ俺らの仕込みだったって訳よ。
こいつは舟姫って言ってな。俺達の使役する、幻術を使える妖なんだ。口下手な上に無愛想だが、まあ仲良くしてやってくれ」
太秦さんが後ろの女性を指す。
肩口で切り揃えた銀髪に、右の額から生えた角。浅葱色の友禅の裾引に、金色のだらりの帯がよく映えている。祇園の舞妓さんのような出で立ちだ。土偶のような顔の赤い面は、得体の知れない不気味さを感じさせる。また、背中には一振の日本刀を背負っていた。
「まさかカルラに一刀両断されちまうとは思ってなかったけど、見たところカルラも本気でぶった斬るつもりじゃなかったっぽいし、こうして無事だったから良かったよ。
俺らは舞台装置の中で猿芝居に興じてただけで、実の所、かすり傷一つついてねえんだよな」
「びっくりさせちゃってごめんなさい。私達、貴方のことを試してみることにしたの。
ほら、うちの事務所って万年人手不足なのよ。中々良い人材が見つからなかったのだけれど、隻ならきっと良い陰陽師になれるんじゃないかと思って。
その証拠に、隻も怪我一つないでしょう?」
ソラの発言に、俺はあんぐりと口を開けた。
「え……ってことは、俺は貴方達の演技にまんまと騙されて、駅に着いた時から今まで、ずっと掌で踊らされていたってことですか……?しかも、騙されてたの俺だけ……?」
「騙すなんて人聞きの悪い、ただのちょっとハードな採用試験みたいなもんだろうがよ」
「『ちょっと』ハード……?俺、割と死の瀬戸際に立たされてたと思うんですけど……?
そもそもエントリーした覚えもないし……」
「まあまあ、今現在無傷なんだから無問題でしょ」
「ちゃらんぽらん陰陽師め……」
「へへっ、お褒めに預かり光栄でーす」
俺は積もりに積もった全ての恨みを込めて太秦さんのことを睨むも、太秦さんはヘラヘラと笑うばかりであった。
「ってことで、細かいことは置いておいて。
隻、良かったら、俺達の所で働かねえか?」
太秦さんにこう問われ、俺は勢いよく頭を降った。
「無理無理無理無理、絶対無理ですって!あんな恐ろしい思い、もう懲り懲りですよ!」
「まあそう言わずに、ちょっとくらい考えてくれてもいいじゃないの。給金は弾むぞー?」
「そもそも俺、大して運動神経も良くないし、真剣なんて今まで触ったことも無かったし!この能力も、さっさとカルラに返して、さっさと一般人に戻るつもりですから!」
俺は救いを求めてカルラの方を見たが、彼の反応は冷淡なものだった。
「奪われた霊力をもう一度取り返す方法なんて、知っていたらとうに実行しているわ」
カルラに突き放されても、俺は食い下がる。
「と……とにかく!給料を貰って働く以上は、中途半端な真似は出来ませんから!経験も実力もない俺なんかじゃ、仕事で何かやらかしても責任持てませんよ!
そもそも、従業員ならド素人の俺じゃなくても、同じく陰陽師の人を他に探してくればいいじゃないですか!」
「俺んとこは昔っからあるデカい一門衆じゃなくて、俺のワンマンチームの完全な個人営業なのね。従業員は今んとこソラ一人だけの、超少数精鋭の超零細企業よ。
陰陽師って古くからある職業だし、まあこれがクソ面倒臭えんだよ。敵も多いし、まあまあ陰湿なことしてくるような輩も少なくない訳。だから、同じ一門じゃねえ奴のことは、あんまり信用出来ねえんだよな。
そこで、元々妖祓いに一切関わりがなかった一般人で、カルラからものすごーく沢山の霊力と、ものすごーく強い術を貰った矢幡君に入社して貰えると、こちらとしてもものすごーく助かるんだけどなー。ヘッドハンティングよ、ヘッドハンティング」
「……でも、学生の本分は勉強です!学校の勉強だって忙しいのに、その上妖祓いなんて……」
しかし、俺がいくら渋い反応を示そうとも、太秦さんは引き下がってくる。
「大丈夫、大丈夫、学業との両立なんて全然余裕だって。俺が呼んだときに一、二時間くらいちょちょっと妖祓いに付き合ってくれりゃあ、それで良いんだから、ちょろいもんでしょ。
そもそも、依頼なんてそんな頻繁に来るもんでもねえし、そこに居るソラだって、名門のフィロソフィアに通いながら陰陽師やってるんだからさ。
それに、普段舞い込んでくる依頼は、神社とかでやってるお祓いに毛が生えた程度のもんだ。さっきのバケモンみたいな大妖なんて、中々現れるもんじゃねえよ。
仕事が夜遅くになる時は夕飯の賄いも出すし、依頼を消化しがてら観光もできるから、福利厚生も充実してる方だと思うけどなー。
なあ、ソラ?」
「確かに、太秦さんの作るお夕飯は美味しいし、色んな場所に出張することもありますけど、それ以外の福利厚生なんて全く無……」
「それ以上は黙っとこうか、ソラー?」
ソラは「でも……」と口篭っていたが、太秦さんの圧力に負けて、物言いたげな表情のまま口を閉ざした。
「まあとにかく、悪い条件ではないと思うけど。どうする?」




