第23話【かまって欲しい……】
日も沈み、警察署から出るとお父さんが車で迎えに来てくれていた。
「優花、大丈夫か?」
「うん……」
あの後、一応事件性がないか警察に連絡をした結果、百合と私は警察から事情聴取という形で保護された。
因みに、青井は警察が来た時点で逃げた。
アイツ……面倒ごとになったと思ってすぐに消えやがったわね……っ!
「お父さん、百合のことだけど……」
「大丈夫、話は聞いているよ。他校の不良に絡まれたんだろう? 不運だったね」
「そう、みたい……」
話はそういう風にまとまっていた。
百合に喧嘩を売った連中も女の子一人に三人で挑んで負けたなんて言えなかったのか、何も言わずに帰ったらしいし……
百合は泣きじゃくって「ごめんなさい」しか言わないから、代わりに私が全て警察に事情を放すことになった。
「お父さん、心配かけてごめんなさい」
「優花、大丈夫だよ……」
車に乗ってしばらくすると、お父さんが再び口を開いた。
「それより、お母さんの方が大変かも知れない……」
「……お義母さんが?」
お父さんの言うお母さんが、百合の母親だというのは分かっている。そう、もうお父さんの中での『お母さん』はそっちのお母さんだ。
……でも、今はそんなこと関係ない。
「優花には、桜井さんの……向うの家庭の事情は話してなかったよな?」
「……何かあるの?」
「あぁ、今回の件とも関係している……と言えなくもない」
「お父さん、教えて!」
百合の家庭の事情が今回の件に関係している?
『ご、ごめんなさい……わたしってば、わたし……』
私と青井が現場に着いた時、百合は一人で三人の男の子達を泣きながらボコボコにしていた。だけど、何で百合があんなに泣いていたのか?
何に対して謝っていたのか……私には何も教えてくれなかった。
「百合ちゃんの過去を勝手に話す形になるけど……いいのか?」
「うん!」
それに私は……あんな暴力的なことを百合がしたくしてしたとは思えない。
だから、知りたいと思った。
「……分かった」
そう言うと、お父さんは百合の『家庭の事情』を話してくれた。
『止めて!』
『お前はそうやって……全部俺が悪いのか!』
百合の家庭は父親が母親に日常的に暴力を振るう家庭だった。
いわゆるDVというやつだ。
もちろん、百合の家庭が最初からそうだったわけでは無い。
百合の父親は小さなお弁当屋さんを経営していた。最初は百合のお母さんも経営を支えて両親ともに仲が良かったらしい。だけど、百合が生まれて小学生の頃からその家庭にも亀裂が入り出した。
百合の父親のお弁当屋さんの目の前に大手企業のチェーン店のお弁当屋さんができたのだ。もちろん、百合の父親のお弁当屋さんの売り上げは下がった。
そして、百合が中学に上がることには父親の店は潰れて借金だけが残った。
そこからだ。百合の父親が酒におぼれて母親に暴力を振るうようになったのは……
そして、事件が起きた。
『全部、俺が悪いんだろ! 俺が店を潰したから! 借金だって!』
『いやぁ! もうやめてください……痛っ!』
お酒で手が付けられなくなった百合の父親は、その辺にあった食器を怒号とともに百合のお母さんに投げつけた。
そして、その食器の破片が百合のお母さんの腕に当たって血が出たのだ。
『お母さん! お父さん、もうやめて……』
母親の怪我をする瞬間を見て、とっさに百合はお母さんを守ろうとして間に父と母の間に割って入った。
しかし、その娘の行動が余計に百合のお父さんを怒らせる結果になったのか、百合の父親は実の娘に対してもその拳を振り上げた。
『お前まで……俺が悪いって言うのかぁ!』
『――っ!?』
あとは一瞬の出来事だったらしい。
殴られると思った百合は、父親の頭を近くにあった酒瓶でぶん殴った。
でも、百合の父親はまだ生きていた。
『……お前ッ! 親に向かって!』
『――ひっ!』
その恐怖がいけなかったのか、それともお母さんを守りたいだけだったのか……
百合は父親の意識がなくなるまで、手に持った割れた酒瓶で父親の頭を殴打し続けた。
『もうやめて!』
『お、お母さん……』
止めたのは百合のお母さんだった。
『百合……お願い……暴力は止めて……』
『わたし……あ、ご、ごめんなさい……』
それが百合の両親の離婚の原因になった。
幸いなのか、百合の父親は一命をとりとめ、事件も父親の日常的なDVから百合が罪を問われることにはならなかった。
だけど……桜井家は百合の暴力が原因で破綻した。
「それが、百合ちゃんの家庭に起こった事全てだ」
「…………」
話を聞き終わった私は何も言えず。車のライトが照らす夜道を眺めることしかできなかった。
「お母さんはずっと自分を責めていた。自分の所為で娘が父親のようになるんじゃないかと、自分がダメな母親だから、こんなことになったんじゃないかと……それをお父さんもカウンセラーの仕事で聞いてて、のちにこの人を支えたいと思ったんだ」
……知らなかった。
お父さんが百合のお母さんと出会ったのが仕事関係だとは聞いていたけど、そんな事情があったなんて……
でも、詳しい事情は私が聞かないようにしていた。
多分、まだ新しい『お母さん』を受け入れる準備ができていなかったから……
そして、お父さんの運転する車が家に着いて止まった。
お父さんは車を駐車場に止めながら、私に頼むように言った。
「お父さんはお母さんを見てやりたい……。今回の事で過去の事件のことがフラッシュバックしているみたいなんだ……」
「うん、そうしてあげて」
私がそう返事をすると、お父さんは「すまない」と一言謝って、私の頭を『ポン』っと撫でた。
「だから、優花……百合ちゃんはお前が支えてくれると助かる。彼女も今部屋に閉じこってしまっているんだ……」
「うん……任せて、お父さん!」
百合は先に警察に送られて家に帰ったから部屋にいるはず。
家に入ってすぐに百合の部屋に行くか迷って一度、私は自分の部屋によってから百合の部屋に向かった。
百合が何であんなに泣いていたのかは分かった……。
『ご、ごめんなさい……わたしってば、わたし……』
そして、誰に謝っていたのかも……
「百合、いる?」
「…………はい」
部屋のドアを叩くと百合のか細い返事が聞こえて一応返事をしてくれたことに安堵する。
……後は、このドアを開くだけだ。
私は百合のことを何も知らない。いや違う。家族だって言うのに何も知ろうとしなかった。
だけど、私だって百合を支えてあげたい。
その気持ちだけは本物だ。
だから、私にできることがあるなら、私はなんだってする――
そして、私は百合の部屋のドアを開けた。
「ゆ、優花ニャンだ……にゃん。かまって欲しい……にゃん」
「……………………へ?」
猫耳カチューシャを付けて、にゃんにゃんポーズをしている私を見て百合の表情は固まった。




