第八十九話:世界のハッキングと、原作者の仕掛けた罠
「――因果律の再定義、最終フェーズへ移行! 私たちの『ハッピーハネムーン』を、公式設定としてサーバーに焼き付けなさいッ!」
ルナの叫びとともに、彼女の指先から放たれた無属性魔導の光が、【創世の魔導書】の白紙のページを黄金の数式で埋め尽くしていく。
アレスとカイルの即席(かつ一触即発の)共闘によって、迫り来る上位デリーターたちは完全に足止めされていた。
アレスはカイルの白銀の甲冑が視界に入るたびに「目障りだ」「今すぐ影に沈める」と禍々しい監禁台詞をブツブツと吐いていたが、ルナの背中を守るためにその虚無の魔力を限界まで解放し、異形たちを次々と圧殺している。
(いける……! このままプロットの改ざんが完了すれば、世界の初期化は止まるわ!)
ルナが勝利を確信した、まさにその瞬間だった。
ピキィィィン……。
まばゆい黄金の光を放っていた魔導書の動きが、不自然にピタリと停止した。
『――エラー。管理者(原作者)によるプロテクトを感知。不正なパッチの適用を拒否します――』
「なんですって!? プロテクト……鍵がかかっているの!?」
ルナの理系脳が、魔導書の奥底に隠されていた「最悪の仕掛け」を検知した。
原作者はこの世界を書き上げる際、物語が予定通りのエンディング(バッドエンド)を迎えなかった時のために、二重のロック――**『原作者の残思(検閲プログラム)』**を仕込んでいたのだ。
魔導書のページから、墨汁のような真っ黒な文字の鎖が溢れ出し、ルナの展開していた光の数式を次々と汚染していく。
『――物語は、作者の意図した通りに終わらねばならない。予定外の幸福は、すべて悪性のバグである――』
無機質な、しかし絶対的な「創造主の意志」が地下書庫全体を圧迫する。
その黒い鎖は、ルナの無属性魔導の回路を逆流し、彼女の精神そのものを「バッドエンドの絶望」で塗りつぶそうと襲いかかってきた。
「くっ……、頭の中に……変なバッドエンドのプロットが、直接流れ込んで――」
ルナの意識が朦朧とし、膝をつきかけたその刹那。
「――僕のルナの心に、どこの馬の骨とも知れない『作者』のゴミのような言葉を流し込むなァァァッ!!!!!」
凄まじい怒号とともに、アレスが上位デリーターを消し飛ばしながらルナの元へと飛び込んできた。
彼はルナを壊れ物を扱うように激しく抱きしめると、彼女の脳内に侵入しようとしていた黒い文字の鎖を、自らの「虚無の闇」で力尽くで掴み取り、バリバリと咀嚼するように噛み砕いて消滅させた。
アレスの深紅の瞳は、もはや神への冒涜すら超越した、完全なる「創造主殺し」の狂気で満ち満ちている。
「ルナ、大丈夫かい!? ……ああ、その『作者』とかいう奴、本当に僕の逆鱗に触れたよ。ルナを苦しめ、僕たちの未来をバグ呼ばわりするなんてね……。世界を初期化させる前に、まずはその設定を作った奴の魂を、僕の影の底で永遠に (拷問)してあげなきゃいけない……!」
アレスの重すぎる、しかし最高に頼もしいヤンデレの愛が、ルナの精神を現実へと繋ぎ止める。
「ハァ……、ありがとう、アレス。助かったわ。……でも、プロテクトの解除には、原作者が設定した『パスワード』が必要みたい」
ルナはアレスの胸に寄りかかりながら、魔導書に浮かび上がった不気味な入力欄を見つめた。
タイムリミットまで、あと130時間。
原作者が遺した、この世界を解放するための「最後の謎」に、転生令嬢の知識が挑む。




