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鬱展開大好き主人公VS優しい世界  作者: 石蕗石


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お嬢様と王子様・上

キャロル・シェフィールドはアルニウラ王国屈指のお嬢様だ。

そしてその立場に、正直言ってうんざりしている。

なにせキャロルは高貴な高貴なお嬢様でありながら、あまりにも普通の感性の持ち主だった。大勢に囲まれながら広大な屋敷で暮らすのはなんだか逆に窮屈だし、傅かれるのも立場故に慕われるのも、どこかうっすら気まずさがある。

恵まれていることは重々理解しているけれど、それに伴う責務や重荷を思えば気が滅入った。とはいえやはり普通でまともなものだから、そんなことを誰にも言えずに、どうにか頑張ってしまうのだ。

そんなキャロルにとって、今の学園生活は概ね居心地が良いと言えた。

貴族の子女達との会話も平民達との会話も相変わらず気を使いはしたものの、キャロルのクラスには、キャロルよりも高貴で立場の高い者、つまりライア王子がいた。それがキャロルにとってはありがたいのだ。

なにせ自分がどう振る舞うかに気を付けるより、相手がどうしたいかに合わせればそれで良くなる。考えるべきことが少なくなるのは、自分の権力故に周りに気を使わせないように、迷惑を掛けないように、と気を付けているキャロルにとっては少しだけ息が楽になることなのだ。


入学する前には予想していなかった事態ではあるけれど、キャロルは同じ貴族のご令嬢方と過ごすよりたくさんの時間を、少年三人と過ごすようになっていた。

王族と高位貴族令嬢と平民二人というデコボコ四人組は、ちょっと奇妙で、けれど楽しい。

ライア王子は好奇心旺盛だけれど周囲をよく見ていて優しいから、一緒に居て負担になるようなことがない。

ノエルは変わっているけれどとても優秀で、言葉足らずなところに慣れてしまえば案外懐の広い人間だ。

ジーンは誰に対しても明るくて気遣いがあるところが、自分と少し似ている気がしてなんとなくシンパシーを感じる。

三人とも一緒に居て楽しいだけでなく、安心して付き合える相手だったことが、キャロルにとっては本当に嬉しかった。高位貴族の子女である自分が、同じクラスにいる他国の王族や成績優秀者と交流するのは自然なことだから、そういう意味でも気遣いが少なくて済む。

年齢も身分も様々な生徒が在籍する学園でこれから数年過ごすことに不安を抱えていたけれど、少なくともこの一年は気兼ねなく過ごせるだろう。


白いビグレル事件はそう思っていた矢先の、想定外の出来事だった。

キャロルは箱入り娘といえる立場ではあるけれど、夢見がちでも世間知らずでもない。一年後に死んでしまう、なんて噂はただの噂だろうとは思っているものの、それにしたってノエルと王子が心配だったのは本当だ。なにせ実際気絶はしているのだから。

一方当の被害者達は、心配というより好奇心で動いているようだった。けれどそれくらい気楽なほうが良いのかもしれない。少なくとも、呪いが怖くて調子を崩してしまうようなことになるより、ずっと良い。

そう思って調査を手伝えば、なんだか不穏そうな結果が出たり、それを元に更に調べてみれば結局不安は杞憂だったり、かと思えばまた少しばかり気になる情報が出てきたり。

キャロルはすっかり振り回されっぱなしで、きっと大丈夫だろうけれどちょっと不穏で落ち着かない、という、調査前と同じところに気分が戻ってきてしまった。


教員用の資料室を出た後、ノエルとジーンに慣れた様子で三階の空き教室まで案内されると、四人は思い思いに寛ぎながら、先程までのことを話し始めた。

元気な三人と違い、キャロルは少しばかり疲れてしまっている。昨日は新聞部で古新聞を読みあさり、今日は資料とにらめっこをして、二日連続で室内に籠もって細かい文字を追い続けたものだから、なんとなく気分も塞いだような感じなのかもしれない。そんなふうに思って、開け放たれた窓辺ですうっと大きく深呼吸をした。

いや、不調の原因が他にあることくらい、もちろんキャロルだってわかっている。

気の置けない友人になれそうな人間が妙な目に遭って、妙な噂話にあたふたして、それが杞憂だったとわかってほっとしたのも束の間、やっぱりまた妙な噂を追いかけるべく盛り上がっているのが少しばかり心配なのだ。

とはいえ先生の話を聞けばそれほど危険なことでもなさそうなので、水を差すのも悪い気がする。

どうにも自分が心配性らしいとは自覚しているものの、心配は胸の中から立ち去ってはくれないのだから、キャロルとしてはただただ微妙な気持ちのままでいるしかない。


「……さん、シェフィールドさん、大丈夫?」


そう声を掛けられると、はっと窓から顔を上げ、机を囲む三人へと向けた。


「え、ええ、何も問題ありませんわよ?」

「そっか、じゃあどれの調査にする?」


そうジーンに言われて、キャロルは窮した。三人の会話を全然これっぽっちも聞いていなかったことがバレるのは、ちょっとばかり気まずかったので。とはいえ適当に返事をしたらどうなるかわからない。きらきらした縦ロールをしょぼんと垂らして、キャロルはばつの悪い顔をした。


「あら、ごめんなさいまし。景色を見ていて、お話を聞いておりませんでしたわ」

「え、珍しいね」


ジーンだけでなく、後ろのライアとノエルもちょっとばかり目を丸くしている。キャロルは外見の派手さとは裏腹に生真面目で温厚な性格なので、こんなふうに誰かと居るとき、その話をさっぱり聞かずに物思いに耽っているようなことは珍しいのだ。

どこか具合でも悪いのか、と心配するような視線の前で、キャロルは少し苦く笑って小首を傾げた。


「なんでもありませんのよ。最近室内にいることが多いので、ちょっと窓を開けて風を楽しんでいただけですの」

「そう? それならいいんだけれど……」


心配そうなジーンの表情に、失敗してしまったかしら、と思って目を伏せる。内心ではもっとわかりやすく落胆して、肩を落としてため息でもつきたい気持ちだ。多分今夜はこのことを思い出して一人で反省会を開いてしまうに違いない。

しかし現在進行形で物思いに耽るわけにはいかないので、キャロルは気を取り直して顔を上げた。


「それで、いったいどんなお話をしていらしたの?」

「あ、それがね、ノエルの提案で他の七不思議についても調べてみようってことになったんだ」

「そうでしたの。……どの七不思議を調べるかをお尋ねになっていたのですね?」

「そう。えーと、白いビグレルは噂と実態は違ったけれど、話の元になった生物は実在するみたいだったよね?」

「そうですわね」

「だから他の七不思議、特に長年語り継がれていて現在も残っているものなんかは、噂の内容そのままというわけじゃなくても、元になったなにかはあるんじゃないかって話になったんだ。無害なものなら良いけれど、実害があるようなものだったら問題だから、見つけられれば皆の役に立つんじゃないかって」

「そうでしたのね……。それはぜひとも、頑張らなくては!」


先程まではまったく乗り気ではなかった七不思議の調査ではあったものの、皆の役に立つ、となれば話は別で、キャロルは両手で拳を握って気合いを入れた。引っ込み思案で小心ではあるものの、民の上に立ち己にできる仕事をしなければならない、という意識は人一倍強いキャロルは、こうした行動にはそれなりに意気軒昂なのだ。

先程までの気のない様子から一転、すっかりやる気になったキャロルに、ジーンとライアはこっそりと顔を見合わせ微笑んだ。彼女自身は気高い貴族として振る舞おうとしているものの、本来は優しく責任感の強い性格であることは、感情の機微に聡い二人にはバレてしまっている。というか疎いノエルですら、彼女が第一印象よりずっと素朴な少女であることくらい分かっているくらいだ。


「とはいえこの学園の七不思議はとても多いようですし、全てを調べるわけにはいきませんわよね」

「まあね。とりあえずいま目星を付けてるのは三つ。

一つ目は扉のない小部屋。二つ目は呪いの姿見、三つ目は真実の鏡。どれも白いビグレルと同時期で、かついままで語り継がれているものだ。

あと時間があれば地下水道の遺構の噂も調べたいけれど、これについては調査が広範囲になってしまう可能性もあるから、一旦保留にしようかな」

「ああ、確かにそちらは調査中もよく目にした七不思議ですわね」

「うん。現存する可能性が高いと踏んだ」


キャロルとノエルがそこまで話したところで、机に頬杖をついていたジーンが会話に参加する。ライアは後ろでそれを見守る姿勢のようだ。


「あ、そこからはボクらも聞いてないな」

「そうだね。実はなんていうか……、そうだ、先に俺の先祖の話をしていい?」

「いいけど」


気軽な返事を受けて、ノエルくんが小さく頷く。


「うちの家系は元々魔術師を多く輩出していて、特に精神系のやつが得意な人間が代々多いんだ。俺もそうだし、父さんもそういう研究を専門にしてた」

「優秀な血筋でいらっしゃるのね」

「まあそうなのかもね。さっき先生に見せてもらった資料に載ってた、俺のご先祖様がいただろう? 病気で衰弱死したシエル・スレイド。彼が研究しこの学園で発表したのは、恐怖魔法なんだ」

「まあ!」


キャロルははしたなくぽかんと開いた口元を、両手の指先でぱちりと隠した。

恐怖魔法は主に魔獣や動物に対して使われる、繊細な扱いの必要な精神魔法だ。この魔法の画期的な点は、使われた魔獣が人間に対して恐怖心を覚え、それ以降も積極的に避けてくれる、という点にある。ただ眠らせたり追い払ったり倒すよりも省魔力かつ危険が少なく、しかも長期的な効果が望めるという画期性から、現在でも魔獣避けとして便利に扱われている魔法だ。


「優秀な方でしたのね」

「そう伝わってる。正直自分の家系の話なんてロクに聞いてなかったから、最近まで忘れてたけど。……で、七不思議の話だ」

「……ああ、そういうことですの?」


首を傾げつつも納得顔をするキャロルに、ノエルも頷いてみせた。くるりと見回せば、ジーンは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、ライアは少し困ったような曖昧な笑顔だ。

全員ノエルが七不思議探索に拘る理由の一端を察したのだ。


「つまりそのぉ……、貴方のご先祖様の研究成果であろうなにかが、学園に残され悪さをし、七不思議として語り継がれているのでは、と考えたのですね」

「うん、例えば恐怖心を煽るような幻術を見せる魔道具とかね。すごくありえそうだ。そしてそうだとしたら、すごく迷惑だ」

「そう、ですわねえ……」


そんな話を聞かされると、確かにいかにもありそうな話ではある。生徒達の間でまことしやかに噂される七不思議の原因は、恐怖魔法の第一人者が残した魔道具でした、なんてことは。

そしてノエルはその可能性に好奇心をそそられると同時に、被害が出ないよう心配しているのだろう。無愛想でそっけないわりに、本当のところは真面目で優しいのだろうノエルらしい気遣いだ。キャロルにはそんな彼のことが、なんだか他人事には思えない。

気遣い屋で誤解されやすくて優しい令嬢は、腰に手を当てて胸を張り、めいっぱいに大きく頷いた。


「わかりましたわ。改めて、このキャロル・シェフィールド、七不思議の調査に全力で当たらせていただきます! もちろん、他のお三方だってそのつもりでしょうけれども!」

「ノエルがこんなにやる気だからねー、それに面白そうだから、ボクも頑張るよ」

「僕ももちろん、お手伝いさせていただきます。危険な七不思議が実在しているとしたら、誰かが傷つく可能性がありますからね!」

「……皆やる気みたいだから、俺も助かる」


頬を掻きながらぼそりとそう言う少年に、キャロル達は明るい笑顔を返した。

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