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鬱展開大好き主人公VS優しい世界  作者: 石蕗石


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お嬢様と王子様・中

明日はコミカライズ一巻発売日です!!!!!!!!!!!!!

一行は七不思議を求め、最初に地下書庫へと向かった。

ここは図書館の地下に作られた、より専門的な書物の並ぶ場所で、基本的には教員の許可があるか、成績優秀者でなければ入室できない。成績優秀者クラスの四人は顔パスだ。

娯楽本や実用書も並び適度に装飾的で居心地の良い図書館と違い、この部屋は空調こそ書物の保管のためにしっかりしているものの薄暗くて人気も無く、いかにも怪談話にもってこいの空間になっている。

しかも丁度室内に四人以外の利用者はおらず、司書も用事で出払っているとのことだ。王子も含めた行儀の良い生徒四人、と信頼されているお陰で大人の目のない中入室できたわけだが、キャロルにはこれは少々不用心に思えて眉をひそめた。もっとも、都合の良い展開はありがたくはあるけれど。

地上の部屋に比べて若干天井の低い書庫は、壁際だけでなく部屋の隅々までが、狭い通路を残すほかは重厚な木製の書架で埋まっている。時折壁際に狭い隙間が現れ、その上部に火災防止のための魔道具の照明が掛けられており、柔らかな明かりがおびただしい背表紙を照らしていた。


今回の七不思議の舞台となるのは、そんな隙間の一角だ。

出入口から一番遠い壁際、左から三番目の照明の下に立ち、呪文を唱えながら壁の特定の位置に片手片足の先をつけると、扉のない小部屋に異動してしまう。というのがこの場所に伝わる七不思議である。ちなみに小部屋からは同じ手順で脱出できると言われており、ある程度安全性は確保されているため、昔は試してみる人間は多かったらしい。

という概要をノエルから聞いた四人は、件の壁をしげしげと眺めた。書架に挟まれて人一人がそこに立てば塞がってしまうような、煉瓦造りのなんの変哲もない狭い壁面だ。照明の金具の影が落ちるせいで少し見えにくいけれど、確かに片足を軽く上げた高さと、腕を少し振ったような位置が、他の場所より少しだけ汚れている。ちょうどこの奥へ行こうと一歩足を踏み出したらここにぶつかるかもしれない、というふうにも見えた。


「昔は成功例があったってことは、これもなにかの魔法なのか?」


堅い煉瓦壁をコツンと足先で蹴りながら、ジーンがノエルに尋ねる。


「多分ね。おそらくは超短距離の転移魔法じゃないかな。

この学校の地下は大昔の水道跡が通ってるらしいから、壁のすぐ向こうにその遺構があるんじゃないかと思ってる。こっちには不審な点は見当たらないから、魔法を発動させるための仕組みの大部分はそっちにあって、ここでの動作や呪文はただのスイッチなんだろう。経年劣化で成功率が極端に減ったかなにかして、噂は忘れらつつあるけれど、ひょっとするとまだ仕掛けが生きているかもしれない」

「ははあ、凝ってるなあ……」


ノエルの解説に呆れたように呟くジーンの横で、ライアはむしろ感心した様子で頷いていた。


「なるほど……。さしずめ、壁抜け魔法とでも言ったところでしょうか」

「ああ、その呼び方のほうがしっくりくるかも」


暢気に話し合う三人の手前、キャロルも涼しい顔で呪文の文言を復習するような素振りで手元のメモを眺めているものの、胸の内は落ち着かない。

だって大昔の水道跡だなんて、いかにも恐ろしげではないか。きっと殺風景で暗くて、それだけなら良いが虫やネズミでも湧いていたらと思うと気が気ではない。

しかし今更怖じ気づくのも、格好悪いというか潔くないというか。

貴族たるもの民草に迫る危難を払って当然、それに勇敢な朋輩が共に行動してくれるのだ。なんのこれしき、恐ろしいことがあろうものか。それに自分はこの中では一番の年上なのだし、規範を示さなくては。……と、キャロルの貴族的部分は勇敢な声を上げるのだが、十四歳の少女の部分は、年相応に怯えもする。

そんなキャロルの微妙な心の機微に当然気付かないノエルは、キャロルにとってはさらに恐ろしいことを言い始めた。


「この小部屋にはもう一つ噂がある。

昔は別の棟の空き部屋にあった呪いの姿見が、この小部屋で目撃された例があるようなんだ」

「ええー、そんなあからさまに怖そうな噂もあるの?」

「そんなに怖くはないよ。呪いの姿見は、鏡に映る人間を一番恨んでいる人間が一緒に映るって噂。鏡に映ったら死ぬとかじゃない。ただこれも派生形が多くて、映った人間がどんな相手なのかは十種類くらいあって判然としないね。

鏡の噂はかなり種類が多いから、最初の形はこれだろう、と断言もできないし」


顔を顰めたジーンへすらすらと返事をするノエルに、ライアは小さな口をぽかんと丸くした。


「しかしノエルくんは、本当によく覚えていますね。噂の内容だけでなく、変遷まで全て記憶しているんですか?」

「まあ、一通り読んだしね」


当たり前のようにそう返事をしたノエルに、ライアとキャロルは驚きと呆れの混じったため息をついてしまう。奇矯な友人の飛び抜けた優秀さに慣れているジーンは苦笑いだ。

話題の中心であるノエルはそんな反応を気にする様子もなく、さっさと壁の正面へ陣取っている。


「そんなことより、早速やってみよう。やり方はさっき話したとおり、呪文を唱えながら壁に向かって一歩踏み出し、特定の位置に片足片手で触れる」

「りょーかい。ノエルはせっかちだなあ」


せっかちなノエルは手本として真っ先に試してみたものの、近年ではすっかり廃れた噂だけあって、やはり仕込まれているはずの魔法は作動しない。

一人ずつ順番に何度も一連の動作を繰り返し、いい加減全員がうんざりした表情を浮かべ始めたところで、ふと順番が回ってきたキャロルの体が壁へ一歩踏み出すと同時に、すぽんとその向こうへと飛びだした。


「えっ!?」


中途半端に上がった足で慌てて前へと踏み出すものの、一瞬で薄暗い書庫から真っ暗闇のどこかへと転移してしまった驚きは相当なもので、キャロルはバランスを崩してぺたんと床へ座りこんでしまった。

この真っ暗な小部屋へやってくるために、先程からずっと例のスイッチとやらを試していたのに、いざ本当に自分の身に噂と同じ事が起きてしまうと達成感より恐怖のほうが勝ってしまう。

なんせ小部屋の中には本当に、まったく、これっぽっちも光が差していなかった。自分の瞼の裏のほうがむしろ明るく見えるような、本物の暗闇だ。

ドキドキと跳ねる胸を両手で押さえ、キャロルはひとまず恐る恐る体を起こし、一歩横へとすり足でジリジリ移動した。なにせこうしている今も壁の向こうでは他の三人がこちらへ来ようと頑張っているはずで、成功すれば自分と同じ場所へぽんと出てきてしまうのだ。踏み潰されてはたまらない。

灯りの魔法を唱える、というごく単純な解決策を思いつくまでに掛かった時間は、多分それほど長くはなかっただろう。しかし無人の、無音の、海の底のような闇の中で過ごす時間は、キャロルにとっては随分と長く感じられた。

ぽつんと空中に浮かべた淡いオレンジの光の球に照らされて、小部屋の中はぼんやりと輪郭を浮かび上がらせたものの、やはりその薄気味悪さに変わりはない。

大昔の水道管の跡とは聞いていたけれど、石造りの内部はすっかり乾燥していて匂いもほとんどなく、少なくともキャロルの周囲の壁や床は堆積物やカビもあまり見当たらない。

そこでようやく気付いたのだが、キャロルが通ってきたと思しき壁には、ちょうど先程の書架の隙間と同じ程度の幅をした、簡素な扉の絵が描かれていた。

黒々と残った輪郭線は、木炭で引かれたものだろうか。もしこれがノエルの推理通りにシエル・スレイドの手に成るものであるならば、制作から100年ほど経っているはずだが、空気の流れも過度の乾燥も湿気もなかったのだろう地下空洞では随分長持ちしたようだ。

魔法の本体は絵ではなく、壁を引っ掻くように掘られた魔方陣のほうだろう。この絵はここから帰れ、という目印らしい。

しかし今すぐここから先程と同じ手順で帰るとなると、向こうからこちらへ来ようとしているだろう三人とぶつかるのでは?

そう思って帰るのも躊躇し、だからといってここへ一人で居続けたくもないキャロルは、途方に暮れながら扉のない部屋の扉の絵を眺めた。

そこから再び、ぽん、と吐き出されるように小さな人影が飛び出してくる。


「わっ」

「ラ、ライア殿下!」


先程の自分と同じようにつんのめりかけたライアを、キャロルは慌てて支えた。そのおかげか、それとも既に灯りがあったぶん距離感が掴みやすかったのか、少し体勢を崩しつつもライアは無事に床を踏みしめ、キャロルに習って一歩横へ移動した。薄ぼんやりとした灯りに照らされた奇妙な空間に怯えるでもなく、この殺風景な部屋にまったく馴染まない王子様はむしろ明るい表情だ。


「わあ、本当に別の場所へ繋がっているんですね! ここは……、分水所のようなものでしょうか?」


ポンと生み出した灯りを、ライアは上へ移動させた。さして高くない天井には一つ大きな穴、というか水路が開いており、床に近い場所には四方それぞれに一回り小さい径の水路があるようだった。なるほど確かに、上から流した水を四方それぞれの管へ分配するのに丁度良い作りのようだ。上の水路は子供なら少し屈めば歩いて通れそうな大きさで、下に空いているものも四つん這いなら入れそうに見える。となると向こうからなにかが来そうだなんて妄想が湧いてしまうのも仕方なく、穴の向こうの暗闇が余計不気味だ。

部屋は高さに比べると横幅は多少広く、隅までは明かりが届かず闇がわだかまっている場所もある。しかし一人きりよりは二人でいるほうがずっと心強くて、先程までとは比べものにならないくらい気が楽だ。


「明かりは差していませんが、空気はどこからか漏れてきているようですわね」

「そのようですね。万一脱出に手間取っても、少なくとも空気不足で息が詰まる、なんてことはなさそうだ」

「それでも少々ぞっとしますわ……」

「はは、僕もここで足止めは困るなあ。後の二人もすぐに来てくれれば良いんだけれど」

「そうですわねえ。わたくしも真っ先に成功はいたしましたけれど、コツを掴んだとは言えませんわ」


そんなふうに話しながら、キャロルは一応の用心のために、壁に沿って明かりを動かした。中央へ浮かべていたのでは見えない場所に動物でも身を潜めていたら危ないと思っての行為だったのだが、ふと鈍く光を反射するものがあり、二人はぎくりと身を固くする。

いままで影になっていた部屋の片隅にあったのは、すっかり表面が曇って反射の鈍くなった古い姿見だった。木製の大きな台座に縦長の鏡がはめ込まれた姿見は、見た目だけならごく普通の品ではあるだろう。しかしただでさえ不気味な場所で、鏡にぼんやりと映る人影を目撃してしまったものだから、すぐに自分たちの姿だと知れてもキャロルの心臓はまだばくばくと早鐘を打っている。


「……っ、お、驚きましたわね、これが噂の呪いの姿見なのかしら」

「壁抜け魔法はまだ生きていたけれど、こちらはどうだろう。そもそも魔法ではなく、本当に呪いの品だったら僕らの手には負えないかもしれないけれど……」

「まあ、悪い冗談ですこと!」


強がってそんな返事をするが、正直本当にそうだったらキャロルは泣いてしまうかもしれない。自分には理解できないほど高度な魔法だというならばまだ納得のいく範疇だが、呪いとなると、もっと理解不能で制御も不能な恐ろしいなにかのように感じるのだ。

しかし、せめてノエルが来るのを待つべきかとは思いつつも、二人の足は鏡のほうへと少しずつ向かっていた。

なにせ部屋の中はそれ以外に見るべきものもほとんどない。やることがない、というのは案外人間にとってストレスになるのだ。そして好奇心というものは、意外なほどに人間を突き動かすものでもある。

どの程度近づけば鏡に掛けられているであろう魔法が反応するかは分からないが、姿見であるからには、全身が映ることはいかにも条件になりそうに思える。試しにとライアが気軽にひょいと鏡の正面に立つものだから、キャロルは驚いて口元をぱっと覆った。

斜め後ろでおろおろと心配するキャロルをよそに、ライアは鏡に全身を映したまま少し待ち、それから首を傾げる。


「ど、どうされました?」

「うーん……。一応僕以外の姿も映ってはいるのだけれど……、きみに見えないのなら、これは本当に鏡に映っているのではなく、鏡の前にいる人間にだけ幻を見せているのでしょうね」

「なにか恐ろしげであったり、体調に変化があったりは……?」

「体調は問題ありません。けれど映っている人物をどう解釈したものか……。幽霊やらなにやらではないことは確かですよ」


しきりに首を捻っているライアには、怖がる様子はひとつもない。自分以外のなにかが映るのなら、鏡はまだ魔道具として動いているのだろうけれど、見たところ危険には感じられなさそうだ。

キャロルは恐る恐る鏡の前へ足を踏み出した。

ぼんやりと鏡に映っているのは、ライアと自分。当然と言えば当然だが、果たして他に何が映るというのだろう。

噂が錯綜していてはっきりしないらしくはあったけれど、この鏡は呪いの姿見などと呼ばれているのだから、後ろに例えばぼろ切れをまとったざんばら髪の人影でも出すとか、あるいは黒いローブをまとった骸骨でも見せるとか。キャロルが思いつく怖いものは、せいぜいそんなところだ。

しかしライアが言うには幽霊ではないらしい。隣に立っていたライアが横にひょいと避けると、映る人間が一人になるのを待っていたかのように、鏡に映るキャロルの後ろに人影が像を結び始めた。

それは首元の詰まった地味なワンピースを着込んだ、一人の少女だ。

柔らかな栗色の髪をひっつめて、あかぎれのある指先を隠すように体の前で組み、行儀良く立っている。

華奢で、穏やかで、そしてキャロルにとってその少女は、ある意味ではこの世で一番恐ろしい相手だった。

呪いの姿見。鏡に映る人間を、一番恨んでいる誰かが映る鏡。

恨んでいるの。呪っているの。わたくしはやっぱり、貴方に嫌われているの。


「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


キャロルは発作のように鏡の中の少女へ叫んだ。

紙のような顔色をして頽れた彼女をライアが支え、優しく手を引いて鏡の正面から退かせる間にも、悲鳴のような謝罪がなんども上がる。

ぼろぼろと涙を流すキャロルの視線は鏡を見ていない。既に映す人を失った鏡には、魔法で作られた虚像も同時に映らなくなったのに、それでも瞳に少女の幻影が焼き付いていた。

セシリー・ランズベリー。

それがキャロルが恐れている、優しい少女の名前だ。

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― 新着の感想 ―
コミックス1巻発売おめでとうございます! 早速電子書籍で買って読みました!!!! 漫画で見るとライア王子の愛くるしさが際立っており、中身の下衆さとのギャップが素晴らしいですね。ヴォルフが純真ピュア従者…
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