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鬱展開大好き主人公VS優しい世界  作者: 石蕗石


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空気の読めない天才少年と王子・はじまり

朝から妙な事件が起きて一時間目のコマがつぶれはしたものの、結局その日はそれ以上何が起きるでもなく、一日の授業は無事に終了した。

ライアとノエルはクラスメイト達からそれなりに気遣われたし、ランチは食堂で摂ったために多少好奇の視線を向けられはしたものの、事件の顛末は既に知らされているのか変に絡まれることもない。というかノエル一人ならともかく、ライアという歩く権力がそばに居るのに絡んでくるような人間は、さすがに存在しないだろう。ノエルにとっては本当に便利な虫除けと言える。

結局たいした問題も無く放課後を迎え、ノエルとジーンとライアとシェフィールドという、たびたびセットになる四人はのろのろと教室を後にした。


「今日は朝から騒々しかったですわねえ。まったく、学園の動物の管理はもう少し厳格にしていただかなければ困りますわ」


こういうとき、身分的に中間になるシェフィールドは取り持ち役のように話題を切り出すことが多い。本来であれば彼女はそのような気を使われる側だろうけれど、多分根が真面目なのだろう、とノエルは思っている。


「ふふ、動物の扱いは難しいですからね。そういえば脱走したビグレルは、何に使われる予定だったのでしょう」


話を受けた王子が首を傾げるので、ノエルはぼそりと口を開いた。


「多分魔法実験用だと思う。眠りの魔法だとか、動きを遅くする魔法みたいな、生き物を対象にする魔法の改良実験に使うんだ。例えば複数の魔獣に襲われたときに放って逃げるような魔法は、人間相手より動物相手にかけたほうが、実際の状況に近いデータがとれるから」

「なるほど。人間と動物では、効きが違う場合もあるでしょうからね」


どうも少々ぶっきらぼうらしいノエルの説明は、人によってはプライドを刺激されるらしく文句を言われることもあるが、王子の反応は毎回穏やかだ。なにか聞かれれば特に何も考えずにそのまま説明をするノエルとしては、こういった簡潔さがありがたい。

今後の生活のことも考えれば、穏やかで耳障りのいい口調や語調を習得するべきなのだけれども、そもそも人付き合いそのものを難解で面倒くさいと思っているのだから実現が困難なのは言うまでもない。

気を使わなくとも会話が成立する今の状況というのは、改めてありがたいものなのだ。今回の事件でこの環境が壊れずに済んで、本当に良かった。

仏頂面の下でそうしみじみ思っているノエルの耳に、ジーンの気の抜けたため息が聞こえてきた。


「はあ~あ。それにしても、大事にならなくて良かったな」


まったくその通りなので、ノエルを含む全員は思い思いに頷いた。

犯人扱いされたノエルはもちろん、仲良くしていた平民生徒と無駄に気まずい状況にならずに済んだ王子も、その間に挟まれてより気まずい目に遭うこと請け合いの侯爵令嬢も、ノエルを庇ったことで一緒に立場を悪くしかねなかったジーンも、全員にとってこの事件がなんてことのない動物の脱走の結果だったことはありがたかった。まあ実験動物の管理をしていた職員は顔を青くしているだろうが、そこは学園側が勝手に王子の穏やかな性格に忖度して、過度な処分は避けたはずだ。ノエルにもその程度の政治は分かる。

とにかく明日からも授業は変わらずあるわけで、身分は違えど同じ学生である四人は、放課後は寮へと帰る必要がある。校舎の中には委員会活動や研究に勤しむ生徒もまだ残っているものの、今のところ四人はどんな活動にも所属していないため、あまり意味もなくふらふらしていることは、咎められるほどではないが推奨されないのだ。

とはいえ寮には談話室も娯楽室もあるのだから、抑圧された生活と言うほどでもない。豊富な教材と適度な自由がある、歴史ある学園。それがこのアルニウラ王立学園なのだ。

さっさと談話室でお茶でも飲もうと他の三人が和やかに話す中、ノエルはふと、建物のかげに視線を向けた。いまなにか、そこで雑草を揺らして動いたように見えたのだ。よくいる小鳥にしては大きく、地面を走り去るような動き。


「ビグレル……?」


ぽつりと声が零れる。そう、ちょうど今日面倒な目に遭わされた、あの可愛くも少々厄介な齧歯類があのあたりから逃げたなら、そんな動きになるだろうか。

足を止めたノエルに、他の三人が不思議そうに視線を向ける。


「どうしたんだ?」

「ああ、いや。さっきあそこから動物かなにかが走っていって。ビグレルじゃないかと……」


言いながらそちらへ小走りに近寄っていくノエルを、皆が追いかける。角を曲がって小径の向こうを見ると、そこをまた白っぽい小さな影が走っていった。今度はノエル以外の全員も目撃したようで、それぞれに視線を交わす。


「たしかに居ましたわね。いやですわ、また脱走かしら?」

「ただの紛れ込んだ野生動物という可能性もありますよ。けれど、どうしよう。先生方に連絡したほうが良いのだろうか」


貴族二人がそう話すのを横目に、ノエルはさっさと足を進めた。今はまだこちらをたいして脅威とも思っていないのか、それとも遊んででも居るつもりなのか追いかけられる範囲に居るけれど、人を呼んでいる間にはさすがに逃げてしまうだろう。

ビグレルは小型ですばしっこい生き物ではあるけれど、それほど凶暴ではないから、生徒でも魔法を駆使すれば捕獲は一応可能だ。成績優秀者の魔法使いの卵が四人も揃っていれば、十分成功の可能性はあるだろう。


「ノエル、あー、もう。勝手に先行くんだからさあ」

「でも捕まえたほうが早いだろ」

「そりゃそうだけど……、けっこう奥まで来たな」


多数の施設が立ち並ぶ学園の敷地は、国内最大といううたい文句に見合う程度には広い。

多くの教室や美術室などの特別教室と一部の研究室が並ぶ本棟の他にも、学園卒業者の所属する研究室が入った幾つかの棟などが建ち並び、図書館、植物園、運動場、水系魔法の研究用のプール、委員会棟、寮などなど、あらゆる建物が広い敷地に建ち並び、いくつもの道で繋がれ、その間にはちょっとした公園や広場が整備されている。

入学して数年経つノエルとジーンでも行ったことのない場所はあるし、入りたての貴族二人なら、奥まったこのあたりなんて地図の上で確認したことすらないかもしれない。

幾つかの建物の角を曲がり、低木の植え込みを通り過ぎると、四人は古びた洋館の前へ到着した。ここは取り壊し予定の旧寮だ。学園の中でも端の方にあり、今は再開発を待つだけのこの場所は、他の区画より少々整備が行き届いていない。敷き詰められた石畳の間からは雑草がぴょこぴょこ飛び出ているし、背の高い枯れ草が放置され、建物は蔦に巻き付かれてあちこち痛んでいる。

ビグレルらしき動物は足下の草をガサガサと鳴らして、旧寮の傾いだ門の向こうへと飛び込んだようだった。

後ろで三人が、どうする? と顔を見合わせている間に、ノエルは旧寮の前庭へ続く門扉を閉ざしている閂を揺らした。少々さび付いているけれど、逆にそのせいで簡単に外れそうにない。

ぐるりと正面の塀を回って少し歩くけば門から続くレンガ塀は途切れ、今度は生け垣に切り替わる。あまり手入れされていないせいで少々枯れかけの生け垣は隙間が多く、ここからなら乗り越えずとも侵入できそうだ。

昔はここに忍び込む生徒もいたらしく、防犯のために門をきちんと閉ざしたと聞いていたけれど、ここしばらくはこのいかにも崩壊しそうで虫も多そうな建物に近づく物好きな生徒も少ないと聞いている。いかに大きな学園とはいえ、資金も人員も有限だ。生徒のたまり場としてすら流行らなくなった廃墟の管理は、あまり真面目には行われていないのだろう。そのせいで野生動物が住み着いているとしたらやっぱり問題ではあるので、本日ろくでもない目に遭ったノエルとしては、証拠を見つけて文句のひとつでも言いたくはある。


「よし。行こうか」

「きみってやつは本当に好奇心に忠実だな」

「まあまあ。これも一つの学習です!」

「ライア殿下も好奇心旺盛ですわねえ……」


ノエルの後を、乗り気な王子とやれやれという顔のジーンとお嬢様がついてくる。なんだかんだ言いつつ誰も本気で止めないのは、旧寮への侵入程度ではそうそう怒られそうにない立場の人間が二人も含まれているからだろう。まあ平民二名だってせいぜい注意を受ける程度だろうけれど。スカスカの植え込みの下を平民と貴族が列を組んでくぐり抜ける様子は、端から見ればさぞ奇妙に違いない。ノエルは若干面白くなってきた。

生け垣の隙間を通って庭に吹く風が草木をざわめかせているが、耳を澄ませばコリコリとなにかを削るような音が、建物の裏手からかすかに聞こえている。四人は消音の魔法を自分たちに掛け、こそこそとそちらへ足を進めた。

夕方の日差しはどんどん傾き、旧寮の向こうへすっぽり隠れている。建物の影に隠れた裏庭は、水の涸れた小さな噴水や脚の折れたベンチが放置され、もの悲しい印象だ。一階の窓と裏口へ続く入口の上には穴の開いた庇が長くかかっており、それを支える細い柱は一カ所折れてしまっている。物音はどうやら、その一角に乱雑に集められた木箱やら何やらのガラクタの向こうからしているようだった。

消音魔法を掛けているといっても、こちらの姿に気付かれては意味がない。しゃがみ込んでコソコソと距離を詰める四人は端から見れば不審者だが、本人達はそれなりに真剣だった。しかしながらこういった作業には適正というものがあるために、お嬢様であり一番かさばる服を着ているシェフィールドは、どう考えても向いていない。華奢な靴で歩き回ったせいで靴擦れでも起こしたのか、少し顔をしかめていることにジーンが気付いた。

そしてそれに王子が気付き、二人へ軽く上げた手のひらを向ける。そこで待っていて、という意味だ。なおノエルはそれに、二人がその場に留まったことでやっと気付いたのだけれど。

というわけで今度は王子とノエルの二人だけが、怪しい物陰へとコソコソ近づく。いつでも捕獲に便利な魔法を唱えられるよう集中しながら、二手に分かれてガラクタを挟むようにそうっと近寄る。

そこで、ガラクタの上に立てかけられていた薄っぺらい板がカタンと倒れた。だんだん暗くなりつつある視界の中、物陰にはノエルの思っていたとおり、小動物が一匹。

しかしそれは、思っていたようなうす灰色のビグレルではない。所々土色に汚れてはいるものの、その動物の毛並みは元は真っ白であるらしかった。

白いビグレル。そんな話をどこかで聞いたような。

そう思った次の瞬間、ノエルは自分の体がぐらりと傾いだのに気付く。

視界がゆっくり、影よりもっと暗くなって、かろうじて出した手が頭が床にぶつかるのを防いだ。どうにか視線を上げれば、向かいでは同じように王子が床に倒れ込んでいる。向こうからは慌てた様子のジーンとシェフィールドが駆けてきて。それで。

さっきのビグレルは?

そう考えて視線を彷徨わせたのを最後に、ノエルはぷつんと途切れるように意識を失った。

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