友達になった理由なんて、だいたい皆覚えてない
「違うんすよ!」
目の前の少年は、悲壮なくらいに真っ白な顔をしてそう叫んだ。
ホームルームが終了し、担任が去っていった教室内。周囲からの痛ましげな視線を一身に浴びながらそうしなければならない理由が、彼にはあった。
「ノエルは本当に空気読めないし愛想は悪いし人間社会に馴染む気がないし口も悪いんですけど、悪い奴じゃないんです! どうか見逃してやっていただけないでしょうか……!」
「そうですわ! 彼は本当に挨拶一つまともにできない社交性の欠片もない人間ですが、決して、決して悪意があるわけではないのです……!」
更に金髪縦ロール侯爵令嬢も参戦してきた。彼女からちょっと離れた場所では、取り巻きお嬢様達も心配そうにこちらを見ている。ところで原因を作った俺が言うのもなんだが、ノエルくんの評判ボロクソすぎませんか?
なんでこんなことになっているのかというと、当然ホームルーム前のあのやりとりのせいである。未だにきょとん顔だし、なんなら散々な言われようでちょっと不機嫌そうなノエルくんはさておき、彼の世が世なら不敬罪で切り捨てられそうな態度に周囲の人々はハチャメチャに焦って謝りに来てくれたわけだ。俺は全然気にしてないんだけどな。あと俺の地位のせいで拗れてしまったが、馴れ馴れしい奴から友達になろうと言われてはね除けるのも彼の自由だし。
しかし、自分にも累が及ぶ可能性もあるのにこうして速攻フォローを入れに来てくれる人間がいるあたり、ノエルくんはハチャメチャに空気が読めないだけで案外人望あるのだろうか?
「二人とも、どうか頭を上げてもらえないでしょうか。僕は怒ったり、不快に思ったりはしていませんから」
おっとりとした苦笑を浮かべ、優しい声音でそう返事をする。ちなみに今回は口調に迷った末に、今のところ敬語を選択しています。清楚だろ。生徒と教師でそれぞれ話し方切り替えるの面倒くせえから、一括で対応できるようにという判断だ。留学先で謙虚に社会勉強をする感心で親しみやすい若き王子風丁寧口調みたいなのを目指していくぜ。
「それに、この学園では誰もが勉学に励み忌憚なき議論ができるよう、身分を問わず交流をすると聞いています。僕に対してもそのように、いち生徒として扱ってもらえると嬉しいのですが……」
控えめな笑顔と柔らかな言葉。身分から考えればだいぶ下手に出ていると言って良い態度。それらを総動員して「いいからこの程度でそんな大事にすんなよ」という意見を全面に押し出せば、二人は渋々と引き下がってくれた。
少年のほうは、……いや少年……? 少女……? ぱっと見では少年なんだけどじっと見ていると、ひょっとしたらボーイッシュな少女なのでは? と自分の判断が不安になってくる感じの少年は、ほっとしたのかどこか疲れたような笑顔を浮かべてため息をついた。
「そ、そっか……。それならいい、んですけど。安心したあ」
「本当に、そう緊張しなくて良いのに。……それとも僕がこういう口調だから、きみも丁寧な口調で話さざるを得ないのでしょうか」
そう首を傾げると、少年は一瞬言葉に詰まったあと、気まずそうに口を開いた。
「そ……、そういうことも、まあ、無きにしも非ずみたいな部分がないとは言い切れず……」
「なるほど。じゃあ、もうちょっと砕けた話し方を目指してみようかな。僕もこういった環境で過ごすのは初めてなので、どうしても試行錯誤の必要があって……」
「大丈夫ですわよ、ライア殿下! どうぞご自分の話しやすいお言葉でお話になってくださいまし! わたくしなどは通年コレで通しておりますわ!」
「そうですよ、自分が話しやすい言葉遣いが一番です!」
俺が怒濤の接待トークを受けている間、ノエルくんは俺なんかやっちゃいましたか? みたいな顔でぽやっとこちらを眺めていた。時折フォロー役の二人からチラ見されているのだが、おそらく彼にはそれがお前謝っとけよ、というアイコンタクトだとは理解できまい。
見かねたお嬢様が咳払いをし、ピンと背筋を伸ばして俺に礼をする。
「申し訳ありません、挨拶がまだでしたわね。わたくしはキャロル・シェフィールド。シェフィールド侯爵家の次女でございます。どうぞお見知りおきを」
「あ、ボクはジーン・オルコット。平民です。ノエルとは入学した頃からの友人で、あの、わ、悪い奴じゃないので……、よろしくお願いします……!」
「ああ、ありがとう。僕はライア・エル・ファルシール。ファルシール王国第三王子だ。よろしくね」
ここまで挨拶をし合ったところで、俺達三人の視線およびクラスメイト達の視線がノエルくんに集中する。彼はようやく、ああなるほどね。みたいな顔をした。本人は空気を読めないが、考えていること自体は全部表情に出るので、こっちからは読みやすいタイプのようだ。
「俺はノエル・スレイド。平民。……よろしく」
「うん、よろしくね!」
ここまで時間をかけてやっと挨拶を交わした俺達二人に、気遣いのできる令嬢平民コンビは背後ででかめの安堵のため息をついた。小声で、良かったですわ! そっすねほんとに、なんて言い合っている声がギリギリこっちにも聞こえている。こういうちょっと詰めの甘いところが子供らしくて愛らしいですね。
同じ難題へ立ち向かうことによって見事友情を芽生えさせたらしい二人と違い、俺とノエルくんは未だに野良猫の顔合わせみたいに距離が縮まない。しかし俺のめげなさと距離感の詰め方はいかにもヤバいと俺の中で大評判だ。当然グイグイいかせてもらう。多分彼、それで引く神経質なタイプではないっぽいからな。
「改めて、もし良ければ、僕と友人になってもらえないだろうか。あ、急に友人というのが無理ならば、友人を目指して仲良くなるくらいの距離感でも大丈夫で……」
「こんな下手に出てる王族初めて見たな……」
ノエルくんはそう言って俺をまじまじと見た。令嬢平民コンビがそわそわしている気配を感じつつ、俺はニコッと太陽の下で花開いたひまわりのような笑顔を浮かべる。なおこれは自称ではなくヴォルフによるお墨付きの表現である。
仕切り直してまた伸ばされた俺の手を、今度は若干面倒くさそうにしつつも、ノエルくんが握ってくれる。
「……じゃあ、まあ、いつか友人になるかもくらいの適度な距離感でよろしくお願いします」
「わかった! ぜひ仲良くなれるよう頑張るよ!」
「押しが強いよこの王子様……」
握手した手はひょろひょろと頼りなく振られたあと、あっさりと離れた。しかしこの第一歩は俺の華麗なる鬱展開観測とハッピーエンド支援生活のための、大事な一歩になるに違いない。
とりあえずそう思うだけならタダである。




