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問いの一 死人映りし、描くは人 終






随分とあっさりと、目の前の男は認めた。僕の考えを、正解だと認めたのだ。 それがどれだけおかしく、狂ったことだと分からないのか?


「……彼はね。 死にたがっていた、そして私は人の死を描きたかった。 ただ、それだけのことだ」

「……それだけのことで済む話では無いですよね」


命が一つ消えたのだ。 私が殺したわけではない、なんて通用しない。 あなたが殺したのだ、あの絵に写る男性を。 それなのに、どうしてそんな落ち着いていられるのか…… 僕には理解出来ない。



「写真屋さん」


こみ上げた怒りに、神城の静かな声が聞こえた。


「つまり、どういうこと?」


……表情に疑問はなかった。 今の話を理解出来ていないんじゃない。 ちゃんと知りたいのだろう。 目の前の男の、理解出来ない理由を。



「……あなたはまずあの絵を描いた。 そして次に、あの男性にお願いした。 ……死んでくださいと」

「ええ。 彼は快く受けてくれましたよ」


「……だからあの絵を見て、現場を見て。おかしいと思った。なぜ、死ぬよりも前に描いた絵とあんなにも一致するのか。 ……順序はそのままだった、と言うことだったんですね」


亡くなった男性が発見され、あの絵が注目を浴びた。 そうすれば、絵が似すぎていると誰もが思う。 でも、違ったのだ。 あの絵に、男性の死を似せたのだ。 何の事は無い、捉える順序を紛らわせれば人はそれを誤って理解するのだ。




「………へぇ」


神城はそう言って、置かれたコーヒーを再び口に含む。 僕はそれを確認し、再び目の前の男を見た。



「あなたのやったことは殺人です」

「…なぜですか? 彼は自ら死をえらんだのですよ?」

「…っ! そんなの屁理屈でしょう!」



「……たとえ、私が彼に死ぬことを促したとしても。 選択したのは彼自身です。 結果、彼はこの世界から解放され、私は自分の世界を広げられた。それでこの話は済むことです」



……狂ってる。 人の死を、まるで小さな思い出のように語る。 そんなこともあった、などと言うように済ませようとする。 ……この男は、普通じゃない。



「警察に通報します」

「どうぞ、それもまた選択です」






「……神問うて、人解かん」


突然そう言って、神城は立ち上がった。 そして…… 小野屋に向かって頭を下げた。




「………こんな感じ? あんたがあの人にお願いしたのって」

「ええ。 頼む以上、深く頭は下げさせてもらったよ」

「ふーん。 頭を下げる、謝る。 わたしねぇ、どーもそういう人信用出来ないんだよねぇ」



神城は話の流れを無視してそう言った。小野屋はそれを見て、変わらずゆったりと喋る。


「どうしてですか? お願いをしたり、申し訳ないと思ったなら。 頭を下げるのは当然でしょう?」

「頭下げたら、顔が見えないでしょ? ……ねぇ、どんなだった? たった一回頭下げるだけで、自分の作品完成させられる気分は?」

「……何が、言いたいのですか?」



「いやね? あんた、頭下げといて。 見えない顔はそりゃもう満面の笑みだったんじゃないかなぁ、と」



そう言って、神城は高笑いをした。 その時一瞬、小野屋の表情が少し崩れた。 穏やかな表情が少しだけ… 苛立ちを纏った。



「……そんなことはありませんよ。 申し訳ないと思った、だからこそ。 あの作品は最高のものにしなければとも思ったよ」


少しだけ、怒りがこもっているように聞こえる。 乱れている、小野屋の心情は今少しだけ乱れているのだ。





「へぇ。 あんな下手くそなのに?」




神城の一言、それが皮切りとなった。








「下手くそ? 私の作品がですか?」

「ええ、あーんななんてことない絵に群がる馬鹿どもは本当に救いようがない」


「……お前に。 絵画の何が分かる」


小野屋の声が低くなる。 表情に怒りが滲み出る。



「ん? わっかんないけどさ。 人一人殺しておいて、あの程度じゃねぇ。 たいしたことない、と言えちゃうよね?」


「………私の絵は完璧だ」

「いーや。 完璧じゃない、あんなのーー」







「ただの、駄作だ」



神城は遠慮などせず、そう言い放った。





「お前に何が分かる…」

「んにゃ、なーんにも」


「……っ! 20年もの間、私は描いて来たのだ! そしてやっと描けたのだ! あの男が死んだのを見て、歓喜したよ! 私は描いたのだ、人の死を! 人の終わりを!」




狂ってる。 化けの皮が剥がれた、会った時の落ち着いた雰囲気はもう見る影も無い。 こいつは…… 私欲にまみれたただの、人殺しだ。



「……写真屋さん。 帰ろう」

「え、いやでもな」

「大丈夫、この人に直接誰かを殺める度胸はないよ。 ……届かない理想に一生とらわれていればいい」


「あの絵は完璧だ、あの絵は完璧なんだ……」




……放っておけば、いつかは朽ちる。 そう感じさせる。 何かに取り憑かれた者の最後、なのだろうか。 僕は振り返らず、神城の後を追って部屋を出た。




♦︎♦︎♦︎♦︎







「小野屋は捕まったそうだ。 ……全く、用意周到だな、君は」


そう言って、酒の置かれたテーブルにボイスレコーダーを置いた。


「まぁねぇ。 写真屋さんの顔、すっごい真剣だったし。 こりゃなんか見つけたな! と思って用意して正解だったよ」

「……よくやった、なんて言っていたよ」



後日、佐野にこのボイスレコーダーを証拠品として渡した。 佐野は怖いくらい笑顔になりすぐさま逮捕状を小野屋に突きつけたらしい。


「おとなしく捕まったのかねぇ?」

「……話では。なんの抵抗もせず、何も喋ろうとしないらしい」

「……ふーん」



そう言って、少しつまらなそうに酒を飲む。…どこか不満そうである、神城は。



「…なにか気になることでも?」

「……人の死を描くなんて、神様にでもなりたかったのかねぇ?」

「…どうだろう。 神様になんて、なれるわけないのにね」

「……にひひ。 写真屋さん、分かってないねぇ」

「なにがだい?」







「神様じゃないから、なりたいんだよ。 そういう人の望みってのは、理由を生むの」


「……そうして君は楽しめると?」


「そゆこと! 神問うて、人解かん。 神様はこの世界に問いかける、人はそれに解を出す。 私は人の解、すなわち理由が好きなのさ!」


……神城、それじゃあまるでーー





「君も神様みたいじゃないか」


「ノンノン! わたしはただの理由好きな美少女さ!」




そう言って、神城は酒を一気に飲み干した。














問いの一 死人映りし、描くは人 完





お付き合いいただき ありがとうございました。

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