第二話 : 覚醒
―場面は変わって異世界
広大な草原に500ml缶のチューハイのようなド太い光の束が降り注いだ。
光が収束する頃、一人の青年がその場にポツリと立っていた。
「―ロさえあればそれでいいんだが」
老紳士に対して放っていた言葉は、届けたい相手に届くことはなく、異世界の青空に消えていった。
どうやら異世界に合うように装備も整えてくれたらしい。
先程まで着ていたスーツではなく、ゆったりとした灰色のローブを纏い、ベルトには短剣が収まっていた。
青年は最後まで言わせなかった自称神に悪態をつきながら、アイテムボックスと直結している腰の巾着袋を開き、手当たり次第に取り出した。
中には
・1週間分ほどの食料
・街までの地図
・スト◯ングゼロ プレーン 500ml 1本
が入っていた。
青年は最後の一つ以外に目もくれず、ストゼロを取り出し一息に飲み干した。
途端、人工甘味料と絶妙なバランスで配合された果実由来の香料が舌の上で踊る。
そして、アルコール特有の甘美さすら感じる苦味が荒れ狂う嵐のように口腔を刺激し、最後には全てを攫いながら喉へ流れ込んでいく…
―染み渡る。
老紳士のいた部屋に転移した時アルコールを抜かれていたのであろう。
アルコールが身体中の血管を巡り、全身に行き渡っていくのを感じた。
いつものように宇宙の中に自分が身一つ放り出されたかのような開放感を感じる。
開闢した宇宙は拡がり続け、それに合わせて自分自身の身体も広大な宇宙に融け渡っていくような感覚すら覚える。
「I feel it …」
青年は己を駆け巡る快感に陶酔しながら、宇宙と一つになるのを感じた。
―いつからだったか…
素面になると、救いのない未来ばかりが頭の逡巡するようになったのは。
―いつからだったか…
素面になると、ただでさえ少ない感情の機微が全く動かなくなっていたのは。
―いつからだったか…
彼の人生に於いて、素面でいるということが堪え難い苦痛になっていたのは。
そんな日々の中覚えた酒の味(禁断の果実)は、青年の喉と身体を潤すだけでなく、青年の空虚な人生を、感情を、彼自身の全てを満たす存在となっていた。
―オールトの雲を突き抜け、幾多の恒星を超え、星雲を纏い、銀河とともに泳ぐ。
全宇宙を堪能するが如く、青年は精神世界の宇宙を漂う。
やがて行き着いた宇宙の果てで、彼はある物との邂逅を果たした。
それは星々が目のように連なった物だった。
青年はその「星の目」に近寄っていく。
星の目は青年が近づく度、ゆっくりと点滅を繰り返していた。
青年はそれに答えるかのように、
「あぁ、そうだな… うん、分かるよ、そうだよな、うん、すごく分かる… お前はそうだよな、いつだってそうなんだ、俺もそうするべきだと思う。そうだなぁ、分かる、分かるよ…」と譫言の様に繰り返した。
一方、現実の青年は焦点の合わない目を空に向けながら大の字で寝転んでいた。
どれほどの時間が経っていたかは分からない。
そんな彼をよそに、周りには異世界ものではお決まりの魔物が夥しいほど、大小問わず寄ってきていた。
出しっぱなしだった食料の匂いに釣られてやってきたのは言わずもがなである。
老紳士から渡された食料は簡易的な物とはいえ神の国の食べ物である。
強力な存在である魔物でも、一度食べれば死ぬような、神聖なものなのだ。
だがしかし、稀に適応し強烈な力を得る個体がある。
「変異個体」だ。
青年の周りでは、四足の鬼のような変異個体による弱肉強食の生存競争が繰り広げられていた。
捕食するもの、されるもの、ヒガシオ◯サカ
と変わらない様相がそこにはあった。
そしてこの場では、青年は哀れな後者に過ぎない。
微弱な魔物が弱者の身を喰らわんと青年に襲い掛かった。
しかし悪徳の町で培った体術が、意識のないはずの彼を許さない。
彼の身体は路上で酔い潰れた時の為に、無意識下でも反射的に襲撃者を撃退するように進化していたのだ。
だが、それにも限りが来た。
変異個体に囲まれた彼を救うものなどいない。
古今東西、数の暴力に勝てる英雄など存在しないのである。
ほぼ白眼に近いような表情で陶酔している青年となおも群がり続ける強力な魔物。
彼はこのままでは死ぬだろう、この異世界においても世界の摂理は変わらない。
しかし、これはなろうの異世界転生もので、残念なことに彼は主人公である。
精神世界の中、彼と「星の目」の対話は続く。
まるで十数年来の友人と語らうかのような青年は、やがて己に備えられた機能を理解した。
「あぁ、ここは、こうすればいいんだな、なるほど…なるほど…」
青年はにこやかな表情を浮かべながら魔力をイメージし、好きなように動かす。
「星の目」はそれを認めるかのようにまたゆっくりと点滅する。
そして、最後に「星の目」に触れ、
「分かった、ありがとう、これが魔術って奴なんだな。これからよろしく頼むよ、俺の魔力回路…」
そう青年が告げると「星の目」は大きく光り、彼の体内のアルコールを魔力に転用する仕組みを生み出した。
通常、精神内でエネルギーを練り呼吸等で取り込む世界中にある魔素を取り込み生み出されるはずの魔力。
だがしかし、彼は圧倒的に効率的に、そして、彼からすれば、ほぼノーリスクで無限に魔力を生み出すことが出来るシステムを構築した。
それだけではない、今や彼は魔法の道理を己の魔力回路から知り、自らの身体のように魔法を操ることが出来るようにもなってしまった。
老紳士の少しながらの心遣いは異世界に新たな脅威をもたらす結果となってしまったのだ。
変異個体が青年に噛みつこうとしたその瞬間、圧倒的な魔力が彼の身体から放出される。
変異個体もその魔力の奔流には逆えず塵も残さずに消える。
「I got it …!(我は”識り”、得たり…!)」
魔力の嵐ともいうべき力の奔流を撒き散らしながら、彼は力強く立ち上がる。
その両眼には既に虚な靄はなく、ス◯ゼロDRYのラベルのように赤く爛々と輝いていた。
迸る莫大な魔力が紅蓮の炎となり魔物の身を、骨迄も焼き尽くす。
巨大な体躯を持つ魔物が冷気に包まれたかと思うと、巨大な氷塊に変わる。
逃げ惑う魔物を真空の刃が襲い、強靭な体躯を粉々に切断していく。
指の先まで張り巡らせた魔力が、1匹たりとも逃がさないと圧倒的な力を振るう。
最早それは一方的な蹂躙であり、弱者と強者が逆転した瞬間でもあった。
魔物達の死体だけが草原に転がる頃、青年は魔法で魔物達の死体も焼きながら食べていた。
彼がヒガシオ◯サカで学んだ、「火を通せば大体食える」の理論は、この異世界においても遺憾なく発揮された。
「どれも酷い味だが… この粘りのある水だけはそこそこにイケルな」
彼の飲んでいる粘りのある水とはスライムだったものである。
ヒガシオ◯サカの食べ物は時に食べ物とは思えない色合いをしているものも珍しくはない。
また、ヒガシオ◯サカでは四足の生き物を見ないという。
たまに見たとしても、それは自分を犬だと思っている哀れな老人だ。
そんな場所で生きていた為、抵抗なく食べれたのだろう。
彼が食べないものと言えば、犬や猫、それから弁当のバランくらいなものだった。
彼は酒さえ飲めれば特に食べ物の味は気にしない。
ただ、寿司だけは好きだった。
生で食べれるということはそれだけで価値のあるものだったからだ。
こうして彼の体は飛躍的に異世界に適応していき、異世界転生者の中でも屈指の強靭な肉体を手に入れたのである。
―異世界での生活は、まだ始まったばかり。




