次期領地の資格
領地運営については、ひとまず方針が決まった。
優秀な人間を探して任せる。
自分は方針を決め、報告を受け、必要なときだけ判断する。
アレンはこれなら何とかなるだろうと思った。
残る問題は二つ。
婚約者との関係。
そして――領民に殺される未来だ。
婚約者については、今すぐどうにかする必要はない。
未来では婚約を破棄されることになっているが、今のアレンには婚約者との関係をどう改善すればいいのか分からない。
「婚約者のことは後回しでいいか」
それよりも重要なのは、自分の命だった。
未来の自分は領民に殺されている。
領地運営を任せる人間を探して、領地が没落する未来を防ぐ。
それはそれで必要だ。
だが、何か予想外のことが起きたとき、自分の身を守れるだけの力も必要になる。
「強くなればいいんじゃないか?」
領主になれば、自分を狙う人間が出てくるかもしれない。
領民が暴動を起こすかもしれない。
貴族同士の争いに巻き込まれる可能性もある。
そんなとき、何もできないまま殺されるのは避けたい。
そう考えたアレンは、その足で騎士団の訓練場へ向かった。
訓練場では、多くの騎士が剣を振っていた。
アレンが姿を見せると、騎士たちは一斉に動きを止めた。
「坊ちゃま?」
「何かございましたか?」
「僕を鍛えてほしい」
アレンがそう言うと、騎士たちは顔を見合わせた。
「どの程度まで、でしょうか?」
「殺されない程度」
「……殺されない?」
「うん」
アレンは真顔で答えた。
「僕は将来、この家を継ぐ。領主になれば敵も増えるだろう。だから、襲われても簡単には死なないくらいには強くなっておきたい」
騎士たちはしばらく黙っていた。
やがて騎士団長が深く頷く。
「なるほど。次期領主として、自ら領地を守る覚悟を持たれたのですね」
「いや、そういうわけでは……」
アレンが否定しようとしたが、騎士団長はすでに話を進めていた。
「それならば、目的を絞った鍛錬にしましょう」
「頼む」
「まずは体力です」
「体力?」
「はい。どれだけ剣が上手くても、走れなければ逃げられません。長時間動けなければ、護衛が来るまで耐えることもできません」
アレンは納得した。
「それは必要だな」
「次に筋力。腕だけではなく、足腰と体幹を鍛えます」
そして剣術。
最初から高度な技を覚えるのではなく、構え、足運び、攻撃を受ける方法、相手との距離の取り方を徹底的に身につける。
さらに実戦を想定した訓練も行う。
「実戦では、一対一とは限りません」
騎士団長が説明する。
「背後から襲われることもあります。複数を相手にすることもある。武器を持っていない状態で襲われる可能性もあります」
「その場合は?」
「逃げます」
即答だった。
アレンは頷いた。
「それでいい」
「勝とうとは思わないのですか?」
「領主が命を懸けて戦う必要はないだろう」
アレンにとって重要なのは勝利ではない。
生存だ。
「僕が生きていれば、あとは騎士が何とかしてくれる」
その言葉に、騎士たちは感動したような顔をした。
「なんと立派な……」
「領主として、自分が死んではならないと理解しておられるのですね」
「……?」
アレンは少し困った。
別に立派なことを考えているわけではない。
ただ、自分が死ぬのが嫌なだけだ。
しかし、騎士たちはすっかり勘違いしていた。
「では、本日の鍛錬を始めましょう!」
「分かった」
アレンは訓練場へ向かった。
領地運営は優秀な人間に任せる。
婚約者の問題は後回し。
そして自分は、自分の命を守るために強くなる。
これが今のアレンにできる対策だった。
目的は強くなることではない。
死なないこと。
そのために必要な体力、最低限の剣術、危険を察知する能力、そして逃げる判断力。
アレンはそれらを身につけることにした。




