領地の方針
夕食の席。
アレンは両親と向かい合って食事をしていた。
前世の記憶を取り戻してから、こうして家族と食事をするのも少しずつ慣れてきた。
今日、アレンには一つ聞いておきたいことがあった。
「父上、母上」
「どうした?」
「僕、領地の運営をやってみたい」
両親の手が止まった。
父親がアレンを見る。
「急だな。何かあったのか?」
「特に何かあったわけじゃないよ。ただ、この家を継ぐなら領地のことを知っておいたほうがいいと思って」
もちろん、それだけが理由ではない。
将来、自分が何もしなければ家が没落する。
その未来を知っている以上、何らかの対策は必要だった。
「なるほどな」
父親は少し考える。
「領地運営に興味を持ったのは悪いことではない。だが、今の仕事量を知っているのか?」
「知らない」
「正直だな」
父親が苦笑した。
「領地には村がいくつもある。税の徴収、農作物の管理、道路や水路の修繕、治安、兵士の維持費。領民同士の揉め事もある」
「全部、僕がやる必要がある?」
「いや?」
「それならやってみたい」
母親がくすりと笑った。
「随分と都合のいい考え方ね」
「僕はまだ領地運営について何も知らないからね。僕より詳しい人に任せたほうがいいと思う」
父親は少し感心したように頷いた。
「その考え方自体は間違っていない。侯爵家ともなれば、すべてを当主が自分でやる必要はない」
「じゃあ、やってもいい?」
「好きにするといい」
あまりにもあっさりした返事だった。
「本当に?」
「ああ。いずれお前がこの家を継ぐんだ。領地をどうしたいのか考えるのも勉強になるだろう」
「ありがとう、父上」
アレンは頷いた。
これで許可は取れた。
食事を終えると、アレンはさっそく執事長を呼んだ。
「これから領地運営の全権を僕に移してほしい」
「かしこまりました」
「領地に関することは、これから僕の指示に従って」
「承知いたしました」
思ったよりも素直だった。
アレンは少し拍子抜けする。
「……反対しないの?」
「反対する理由がございません」
執事長はそう答えると、深々と頭を下げた。
「むしろ、ありがとうございます」
「ありがとう?」
「はい。これでようやく肩の荷が下ります」
執事長の顔には、明らかな安堵が浮かんでいた。
「そんなに大変だったの?」
「領地運営は仕事が多うございます。これまで何とか務めてまいりましたが、私一人で抱えるには荷が重い仕事でした」
アレンは納得した。
どうやら執事長も、好きで領地運営をしていたわけではなかったらしい。
「分かった。じゃあ、まずは今の領地の状況を教えて」
「かしこまりました」
執事長が退室すると、アレンは一人で考え始めた。
さて、ここからどうするか。
領地運営の全権は自分にある。
だが、自分で運営するつもりはない。
前世ではサラリーマンだった。
領地経営など経験したことがない。
そんな人間が自分で全部やろうとするより、最初から詳しい人間に任せたほうがいい。
侯爵家には人脈がある。
家を継げない次男や三男の中には、優秀な人間もいるはずだ。
そういう人間を何人か連れてくる。
自分は方針だけを決める。
「領地を没落させない」
「領民から恨まれるような税は取らない」
「侯爵家の生活水準は落とさない」
そして、細かいことは全部任せる。
問題が起きたら報告してもらう。
判断が必要なら自分が決める。
それだけでいい。
「僕は領主として、優秀な人間を使えばいいんだ」
アレンはそう結論づけた。
自分が領地運営の専門家になる必要はない。
専門家を雇って、自分はその上から指示を出せばいい。
それなら、贅沢な生活を続けながら領地の没落も防げそうだった。




