領民の評価
アレンは領地の視察に訪れていた。
領主が領地を巡り、領民の暮らしを確認するのは当然の仕事である。
しかし、アレンには別の目的があった。
領民に自分の偉大さを知らしめ、恐れられる領主になることだ。
村に到着すると、村長をはじめとした村人たちが出迎えに集まっていた。
「アレン様、よくぞ参られました」
村長が深々と頭を下げる。
「ふん、愚民ども。俺が贅沢三昧の生活を送るためにも、貴様らは精一杯働くといい」
アレンは腕を組み、尊大な態度で言い放った。
普通なら、領主からこんなことを言われれば不安にもなるだろう。
だが、村人たちは慣れた様子だった。
「はい! アレン様のためにも、これからも頑張って働きます!」
「うむ。励むがいい」
アレンは満足げにうなずいた。
領民を働かせ、その成果で贅沢をする。
これぞ悪徳領主というものだ。
もっとも、アレンは領地から無理な税を取り立てているわけでもなければ、領民に理不尽な労働を強いているわけでもない。
そのため、村人たちにとっては、いつものアレンの挨拶でしかなかった。
「ところで、何か困っていることはないか?」
アレンが尋ねると、村長は少し考えてから口を開いた。
「実は最近、村の近くでゴブリンを見かけたという報告がありまして」
「ゴブリンか。被害は出ているのか?」
「今のところ、被害は出ておりません。ただ、農作業に出る村人たちが不安がっておりまして」
「そうか。巡回する兵士を増やすように言っておこう」
「ありがとうございます!」
村長が深々と頭を下げた。
「ふん、勘違いするなよ。俺が贅沢をするためには、貴様らにしっかり働いてもらわねばならん。領民がゴブリンごときに怯えて仕事を休むなど、俺が許さん!」
「なるほど! 確かに、安心して仕事ができるのはありがたいことです!」
「感謝される謂れはない。俺の利益のためだ!」
「それでもありがとうございます!」
「……好きにしろ」
アレンは顔を背けた。
どうやら、自分の利益のために領民を守るという悪徳領主らしい理屈が通じたようだ。
実に素晴らしい。
アレンは内心で満足していた。
その一方で、村長は感心していた。
アレンは村人たちの不安を聞いただけで、すぐに対策を約束してくれた。
しかも、領民の安全を守ることを自分の利益に結びつけて説明している。
領主が領民を守るのは当然だが、領民の前で自分の手柄を誇示するようなこともしない。
むしろ、感謝されることを嫌がっているようにすら見える。
村長には、アレンが照れ隠しをしているようにしか思えなかった。
「それと、畑のほうはどうなっている?」
「はい。今年は天候にも恵まれまして、今のところ順調です」
「そうか。収穫量が増えそうなら、保管場所も確保しておけ。せっかく作った食糧を腐らせるような真似はするなよ」
「承知しました!」
「俺の領地で無駄を出すことは許さんからな!」
「はい!」
アレンは、領地の状況を一通り確認すると、次の村へ向かうことにした。
その前に、村で食糧を購入することになった。
次の村までは距離がある。途中で食糧が尽きては困るからだ。
「次の村までの食糧を買いたい」
「いつもありがとうございます! 何をお求めでしょうか?」
「必要なものは一通り買う。お前たち、必要なだけ買い込め」
アレンは一行の者たちに命じた。
「わかりました!」
同行者たちは、村で売られている食糧を次々と確認していった。
パンに干し肉、野菜、保存の利く穀物。
長旅に必要なものを選んでいくうちに、購入する量はかなりのものになった。
運ばれてくる食糧を見て、村長が驚いた。
「はぁ、こんなに買っていただけるのですか?」
「こいつら、アホみたいに食うからな。少しくらい多めに用意しておかねば、途中で足りなくなる」
アレンは呆れたように同行者たちを見た。
「お前たち、食べることばかり考えていないで、少しは遠慮というものを覚えたらどうだ?」
「アレン様、食糧が足りなくなっては困りますので」
「それはそうだが、限度というものがあるだろうが!」
そんなやり取りを聞きながら、村長は笑顔を浮かべていた。
これだけの量を購入してもらえれば、村の商人たちも助かる。
食糧を売る側にも利益があり、アレンたちも必要なものを手に入れられる。
双方にとって都合のいい取引だった。
「ありがとうございます。これだけ買っていただければ、村の者たちも喜びます」
「ふん。俺たちが食うために買っているだけだ。お前たちのためではない」
「はい。それでもありがとうございます!」
「だから、なぜ礼を言う!」
アレンは苛立ったように声を上げた。
自分の利益のために買い物をしただけなのに、どうしてこんなに感謝されるのか。
アレンには理解できなかった。
もちろん、村人たちは理解していた。
アレンは領地の商人から食糧を買い、代金を支払っている。
商人は利益を得て、その利益は村の経済を回す。
アレンは自分の利益だと言い張っているが、結果として領民たちにも利益がもたらされているのだ。
しかも、必要以上に値切るわけでもなく、買い叩くわけでもない。
これで感謝するなというほうが無理な話だった。
「よし、次の村に行くぞ!」
食糧の積み込みが終わると、アレンは馬車に乗り込んだ。
「アレン様、どうかお気をつけて!」
「ふん! 俺の心配などしている暇があったら、仕事に励むがいい!」
「はい! いってらっしゃいませ!」
村人たちは笑顔でアレン一行を見送った。
馬車が村を離れ、姿が見えなくなるまで、村人たちは手を振り続けていた。
やがて、村人の一人が首をかしげた。
「村長、あれは何ですか?」
「何がじゃ?」
「アレン様のことですよ。あんなに偉そうに振る舞っているのに、私たちの話はちゃんと聞いてくださるじゃないですか」
「うむ」
「ゴブリンの件も、すぐに兵士を増やすと約束してくださいました。それに、食糧だってあんなにたくさん買ってくださいました」
「そうじゃな」
「自分のことしか考えていないようなことをおっしゃるのに、やっていることは領民のためになっているような……」
村長は、遠ざかっていった馬車のほうを眺めた。
「あれはアレン様なりの気遣いじゃ」
「あれが気遣いですか?」
「そうじゃ。自分は悪人だから感謝する必要などない、とわざわざアピールしておるのじゃよ」
「どうしてそんな面倒なことを?」
「さあな。悪に憧れておるんじゃろう」
村長は、うんうんとうなずいた。
「民の声を聞き入れ、困りごとがあれば対処してくださる。領地の商人から必要なものを買い、きちんと代金も支払ってくださる。これで悪人なわけがなかろう」
「確かに、そうですね」
「それに、あれだけ偉そうに振る舞っておきながら、領民から感謝されると困ったような顔をする。言っていることと、やっていることが正反対なところが面白いのじゃ」
「普通にすればいいのに」
「本人なりのこだわりがあるんじゃろう」
「でも、アレン様はいい領主様ですよね」
「もちろんじゃ。あの方が領主である限り、わしらも安心して暮らしていける」
村長は自信たっぷりに答えた。
村人たちも、異論はなかった。
アレンは領民に無理な負担を押しつけることもなく、困りごとがあれば話を聞き、必要な対策を講じてくれる。
それでいて、領民からの感謝を求めることもない。
少々口が悪く、なぜか自分を悪人だと思い込んでいるという変わったところはあるが、それも含めてアレンらしさなのだろう。
領民たちは、アレンがこれからも領地を治めてくれることを望んでいた。
一方、その頃。
馬車の中では、アレンが満足げに腕を組んでいた。
「ふっ、今日も完璧だったな」
「何がですか?」
同行者が尋ねる。
「領民どもに、俺がいかに偉大な領主であるかを思い知らせてやったのだ」
「そうですね」
「俺のために働けと言い、感謝する必要はないとまで言ってやった。これで俺も立派な悪徳領主の仲間入りだな!」
アレンは得意げに笑った。
同行者は、何も言わなかった。
訂正したところで、アレンが納得するとは思えなかったからだ。
こうして今日も、領民たちからの評価は上がっていく。
そして当のアレンは、自分が悪役令息として着実に成長していると信じて疑わなかった。




