派閥の内と外
アレンは、派閥に属するある男爵家から相談を受けていた。
「実は、他の派閥の者に商売を妨害されておりまして……」
男爵は困り果てた様子で説明した。
どうやら、男爵家が手掛けている商売に、他派閥の貴族が横入りしてきたらしい。
単純に同じ商売を始めただけなら問題はない。しかし、相手は男爵家の取引先に圧力をかけたり、商売に必要な品物を買い占めたりと、明らかに妨害を目的とした行動を取っていた。
男爵家の力では対抗するのも難しく、このままでは商売を続けられなくなる恐れがあった。
「なるほどな」
話を聞き終えたアレンは、ニヤリと笑った。
「俺の派閥に手を出すってことは、俺に手を出すのと同じだろ」
「はっ?」
男爵は思わず聞き返した。
「いえ、しかし……私のような小物のために、侯爵家のご子息自ら動いていただくなど……」
「勘違いするなよ」
アレンは男爵の言葉を遮った。
「お前のために動くわけじゃない。俺が売られた喧嘩を買うだけだ」
「アレン様……!」
男爵は感激した。
自分は、派閥の中でも大した力を持たない男爵家にすぎない。
それなのに、派閥の中心人物であるアレンが、自ら動いてくれるというのだ。
これほど心強いことはない。
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
「だから、お前のためじゃないって言ってるだろ」
アレンは面倒くさそうに手を振った。
「俺の派閥にちょっかいを出したんだ。だったら、相応の報いを受けてもらう。それだけだ」
「……はっ! 承知いたしました!」
男爵は深々と頭を下げた。
アレンは最後まで、自分が男爵のために動いているとは認めなかった。
しかし、派閥の人間たちは知っていた。
この男、口ではああ言っているが、困っている仲間を見捨てられないのだ。
以前も、似たようなことがあった。
派閥に属する商人が不当な扱いを受けたときも、アレンは相手の商売を徹底的に調べ上げ、侯爵家の力を使って問題を解決した。
そのときも、本人は「俺に喧嘩を売ったから潰しただけだ」と言い張っていた。
誰も信じていなかったが。
そして今回も、アレンは動き始めた。
「まずは、相手の商売について調べろ。取引先、仕入れ先、資金の流れ。何でもいい、使える情報を集めろ」
「かしこまりました」
「それから、うちと取引している商人たちに話を通しておけ。無理に協力させる必要はないが、事情くらいは知っておいてもらおう」
「承知いたしました」
指示を出すアレンの表情は、いつもと変わらない。
だが、その指示を受ける者たちは理解していた。
アレンは本気だ。
相手がどれほどの貴族であろうと、容赦するつもりはない。
なにしろ、侯爵家の力を使うことに躊躇がないのだ。
アレン自身にとって、これは単なる商売上の揉め事ではなかった。
自分の派閥に手を出した相手に、派閥の長がどう対応するのか。
それを示す機会でもあった。
そして、数日後。
男爵家に横入りしていた貴族は、思いもよらない事態に直面することになった。
まず、これまで問題なく取引していた商人たちが、次々と取引条件を見直し始めた。
続いて、資金繰りに必要な融資の話も、なかなか進まなくなった。
さらに、これまで相手にしていなかった小さな商売上の問題まで、次々と表面化していく。
どれも単独なら致命的な問題ではない。
しかし、重なれば話は別だった。
「いったい何が起きているんだ!」
男は苛立ちを隠せなかった。
原因を調べていくうちに、ようやく一つの名前にたどり着いた。
アレンである。
「まさか、あの男爵の後ろにアレンがいたとは……!」
今さらながら、自分が何を敵に回したのかを理解した。
男爵家など、多少圧力をかければ簡単に折れると思っていた。
しかし、その男爵家はアレンの派閥に属していた。
つまり、自分は男爵家を潰そうとしたことで、アレンを敵に回してしまったのだ。
「くそっ……!」
男はすぐさま、自分が属する派閥の長に助けを求めた。
「どうかお力をお貸しください! アレンに商売を妨害されております!」
派閥の長は、差し出された資料に目を通した。
そして、深いため息をついた。
「……お前は、何を考えていたのだ?」
「は?」
「相手が誰の派閥に属しているのか、調べなかったのか?」
「いえ、しかし、たかが男爵家です。まさかアレンが直接動くとは……」
「だから、お前は愚かだと言っているのだ」
派閥の長は冷たく言い放った。
侯爵家と無用な対立をするつもりはない。
そもそも、男爵家一つを潰すために、侯爵家を敵に回すなど割に合わない。
それに、アレンが今回の件でどこまで動くつもりなのかも分からない。
ここで下手に庇えば、派閥全体が巻き込まれる可能性すらある。
「申し訳ありませんが、今回の件に私は関与しません」
「そ、そんな! 同じ派閥ではありませんか!」
「同じ派閥だからこそ、余計な問題を持ち込まないでいただきたい」
男は言葉を失った。
派閥の長に助けてもらえると思っていた。
しかし、現実は違った。
自分はあっさりと切り捨てられたのである。
結局、男は自力で問題を解決するしかなくなった。
だが、すでにアレンが動き始めている。
侯爵家の力を背景に、商売上の立場は徐々に悪化していった。
最終的に、男は男爵家への妨害を取りやめ、これまでの行為についても譲歩せざるを得なくなった。
一方、その報告を受けたアレンは、興味なさそうに頷いた。
「そうか。じゃあ、これで終わりだな」
「はい。男爵様も大変感謝しておられました」
「だから、俺は別にあいつのためにやったわけじゃないんだが……」
アレンは面倒くさそうに顔をしかめた。
「俺の派閥に手を出した。それだけの話だろ」
報告に来た者は、笑顔で頷いた。
「さすがはアレン様です。派閥の仲間を守るため、ここまで迅速に動いてくださるとは」
「……おい、話を聞いていたか?」
「もちろんです!」
絶対に聞いていない。
アレンはそう確信した。
しかし、派閥の中では、今回の一件がすでに広まっていた。
アレンは仲間が困っていれば、身分に関係なく手を差し伸べる。
しかも、相手が敵対派閥の貴族であろうと、侯爵家の力を使って徹底的に対処してくれる。
そんな評価が、派閥の中でますます高まっていった。
もちろん、アレン本人は認めない。
「俺は売られた喧嘩を買っただけだ」
その言葉を聞くたび、派閥の者たちはますます感激するのだった。
一方、派閥の外では、まったく違う評価が広まっていた。
アレンは気に入らない相手を、侯爵家の力で容赦なく潰す。
敵に回せば、商売も資金繰りも立ち行かなくなる。
しかも、本人はそれを悪いことだとも思っていないらしい。
そんな噂が、少しずつ広がっていった。
派閥の内側では、人情味にあふれた頼れる男。
派閥の外側では、逆らえば容赦なく叩き潰される恐ろしい男。
両者の評価は、ますます大きく開いていく。
そして当のアレンは、そんな周囲の評価の違いなど知る由もなく、いつものように呟いていた。
「まったく、面倒なことに巻き込まれたもんだ」
……その面倒を、誰よりも容赦なく片付けた本人が言う台詞ではなかった。




