悪役令息の領地運営
アレンは料理長に文句を言っていた。
「おい、なんで野菜をもっと小さく切らないんだ!」
「と、おっしゃいますと?」
「子供が苦手な野菜を、そのまま出してどうする。もっと小さく切って、食べやすくすればいいだろう!」
アレンは腕を組み、不機嫌そうに料理長を睨んだ。
「せっかく料理を作っても、食べてもらえなければ意味がないだろうが。味付けだって工夫できるはずだ。お前は料理人だろう? そんなことも分からないのか?」
「なるほど……確かに、その通りでございます」
料理長は真剣な顔で頷いた。
子供が苦手な野菜を食べられるように、切り方や調理方法を工夫する。
料理人なら考えて当然のことではあるが、改めて指摘されると、まだまだ改善できる余地があると気づかされた。
「ありがとうございます。早速、調理方法を見直してみます」
「ふん。最初からそうしろ!」
アレンは満足そうに頷いた。
そして、料理長が退室すると、誰にも聞こえない声で呟いた。
「これで、野菜もちゃんと食べてくれるようになるだろう」
子供の健康を考え、苦手な野菜も食べられるように工夫する。
どう考えても、ただの親バカである。
しかし、本人は自分が悪役令息であることを忘れていなかった。
あくまでも、偉そうに命令しているだけなのだ。
もっとも、屋敷の人間たちは、そろそろアレンが悪役令息だったという設定そのものを忘れかけていた。
もちろん、アレンの行動は料理に限った話ではない。
複数の妻を持つ身となったアレンだったが、妻たちへの愛情は平等だった。
誰か一人を特別扱いすることもなく、それぞれの妻を大切にしている。
そして、妻たちの仲も良好だった。
アレンを巡って争うどころか、互いに協力しながら家庭を築いている。
屋敷の使用人たちからすれば、実に平和な光景だった。
領地に目を向けても、状況は同じである。
アレンの騎士団は、国一番と評判になるほどの実力を持っていた。
訓練は行き届き、規律も守られている。
領内の治安も良く、ほかの領地と比べても安心して暮らせる場所になっていた。
領民の生活を支える仕組みも整い、教育にも力が入れられている。
農民の識字率は上がり、子供たちが楽しみながら学べる絵本まで普及し始めていた。
さらに、家庭内では子供の健康を考えて料理の改善まで指示している。
もはや、どこをどう見ても優秀な領主である。
領地運営に必要な仕事を理解し、それぞれの分野に適切な人材を配置する。
問題があれば改善を命じ、成果が出ればその仕組みを広めていく。
やっていることだけを見れば、極めてまともだった。
いや、むしろ優秀な領地運営と言っていい。
ただし、アレン本人には不満があった。
「なんで俺が、いちいち細かいことまで指示しなければならないんだ!」
執務室で報告書を読んでいたアレンは、盛大に文句を漏らした。
「適切な人間に任せているんだから、言われる前に自分で考えて仕事をしろ!」
それを聞いた執事は、静かに頭を下げた。
「おっしゃる通りでございます」
執事は内心で苦笑していた。
確かに、アレンは仕事を部下に任せている。
料理は料理長に、騎士団は騎士団長に、領地の管理はそれぞれの担当者に。
自分がすべてを抱え込むことはせず、適切な人間に任せているのだ。
しかも、必要な改善点を見つければ、すぐに指示を出す。
本人は、それだけのことだと思っているらしい。
しかし、適切な人材を見極め、仕事を任せ、成果を出せる環境を整える。
それこそが、領主に求められる能力の一つだった。
アレンは自分の手柄を認めようとしない。
領地が発展しているのは、優秀な人間を集めて仕事を丸投げしているからだ。
騎士団が強いのも、騎士団長が優秀だから。
治安がいいのも、担当者がきちんと仕事をしているから。
妻たちが仲良く暮らしているのも、妻たちがしっかりしているから。
子供が健やかに育っているのも、周囲が面倒を見ているから。
アレンの認識は、だいたいそんなものだった。
自分が何かを成し遂げたという意識は、ほとんどない。
「まったく、俺の周りには使える人間が少なすぎる!」
そう言いながら、アレンは次の報告書に目を通す。
その報告書には、領内の治安がさらに改善したことと、絵本の評判が広がっていることが記されていた。
アレンは軽く目を通すと、満足そうに頷いた。
「うむ。ちゃんと仕事をしているようだな」
自分の指示がきっかけになったことなど、たいして気にしていない。
そして、今日もまた、領地の発展に一役買うのだった。
悪役令息アレン。
本人は、ただ偉そうに命令しているだけのつもりだった。
だが、実際にやっていることは、家族を大切にし、人材を活用し、領民の暮らしを豊かにするという、領主として当たり前のことばかり。
しかも、その当たり前を高い水準で実現しているのだから、たちが悪い。
こうしてアレンの領地は、今日も着実に発展していく。
本人だけが、それを自分の功績だとは認めないまま。




