親孝行
アレンは今日も、屋敷で偉そうにしていた。
「まったく、どいつもこいつも使えないな」
使用人たちに不満を漏らし、いかにも悪役令息らしい態度を取る。
そんなアレンには、誰にも知られていないと思っている秘密があった。
王都で隠居生活を送っている両親に、十分な仕送りをしていることだ。
両親が不自由なく暮らせるように、生活費はもちろん、余裕を持って暮らせるだけの金額を送っている。
もちろん、そんな善良な行いを周囲に知られるつもりはない。
悪役令息たるもの、陰で親孝行をしているなどと思われては困るのだ。
もっとも、屋敷の人間たちは、アレンが両親を大切にしていることなど、とっくに察していた。
しかし、誰も口にはしない。
本人が隠しているつもりなのだから、黙っておくのが優しさというものだ。
そんなある日のことだった。
アレンは書庫に入ると、並んでいる書物を眺めて眉をひそめた。
「おい、堅苦しい本しかないじゃないか」
近くにいた執事が振り返る。
「何か問題でもございましたか?」
「お前なら、ここにある本を読みたくなるか?」
「……どういうことでしょうか?」
執事は首を傾げた。
アレンは書棚から一冊の本を取り出した。
「文字ばかりが並んでいる。子供がこんなものを見て、喜んで読むと思うか?」
「確かに、幼い子供には難しいかもしれません」
「だろう?」
アレンは本を机に置いた。
「だから、絵を中心にして、物語を楽しめるようにするんだ。文字は必要最低限にして、絵を見れば話の流れが分かるようにする。そこに少しずつ文字を添えておけば、子供も自然に文字に触れられるだろう」
「なるほど……」
執事は感心したように頷いた。
「絵を楽しみながら、子供でも飽きずに書物に触れられるわけですな」
「そういうことだ。絵本というものを作るんだ」
「絵本、ですか。素晴らしいお考えだと思います」
「こんなことぐらい、言われる前に考えろ。まったく、俺がいちいち指示しなければならないとはな」
「申し訳ございません」
執事は頭を下げた。
しかし、その顔には微笑みが浮かんでいた。
アレン様は、お子様のために考えられたのだろうな。
普段はあれほど偉そうにしているのに、子供の教育となると実に熱心だ。
しかも、本人はそれを隠しているつもりなのだから、微笑ましいことこの上ない。
もちろん、そんな感想を口にすることはなかった。
アレンは、執事が自分の命令に感心していると思い込んでいる。
「分かったら、さっさと作れ。子供が楽しめるものにしろよ」
「かしこまりました」
こうして、アレンの領地で絵本の制作が始まった。
最初に作られた絵本は、簡単な物語と色鮮やかな挿絵で構成されていた。
文字が読めない子供でも、絵を見ながら物語を楽しめる。
大人が読み聞かせをすれば、親子で一緒に楽しむこともできた。
そして、絵本はたちまち評判になった。
子供たちは何度も同じ絵本を読みたがり、親たちは子供が楽しみながら学べることを喜んだ。
文字を覚え始めた子供が、自分で絵本を読もうとする姿も見られるようになった。
やがて、絵本は領内の商人たちによって、ほかの地域にも運ばれていった。
子供への贈り物として人気を集め、貴族の屋敷にも置かれるようになる。
そして、いつしか王都でも絵本が知られるようになった。
子供が楽しみながら文字に触れられる書物。
その画期的な発想は、王国内へと広がっていったのである。
ただし、誰が最初に絵本を考案したのかを知る者は、ほとんどいなかった。
絵本の発祥地がアレンの領地であることは知られていても、アレンの発案だと知っているのは屋敷の人間だけだった。
当の本人はというと、今日も屋敷で偉そうに命令していた。
「おい、次はもっと面白い物語を用意しろ。子供が何度も読みたくなるようなものだ!」
「かしこまりました」
執事は微笑みながら頭を下げた。
アレンは、自分が子供を喜ばせるために絵本を作らせていることを、誰にも知られていないと思っている。
そして、執事はそんなアレンを温かく見守っていた。
悪役令息アレン。
そのわがままは、今日もまた、領地から王国へと新しい文化を広めていくのだった。




