↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/60

子煩悩

アレンの悪役ムーブは、すっかりなりを潜めていた。


 もちろん、本人に自覚はない。


 屋敷では相変わらず不満を漏らし、使用人たちに偉そうな態度を取っている。


「まったく、どうして俺がこんなことまで気にしなければならないんだ」


 今日も今日とて、アレンは不機嫌そうに文句を言っていた。


 使用人たちは、いつも通りのアレンだと安心する。


 しかし、彼らは知っていた。


 アレンには、誰にも見られたくない秘密があることを。


 それは、子供を溺愛しているということだった。


 アレンは人目を避け、子供と二人きりになれる時間を作っていた。


 そして、その時間になると普段の態度が嘘のように変わる。


「よし、今日は何をして遊ぼうか」


 子供の前では、普通の父親だった。


 子供が積み木で遊んでいれば、もっと遊びやすいものを用意してやりたいと思う。


 文字に興味を示せば、覚えやすい教材を作ってやりたいと思う。


 ただし、アレンは自分の本心を素直に口にするつもりはなかった。


 それでは悪役令息としての威厳が損なわれるからだ。


 だから、使用人を呼びつけると、いつものように偉そうに命令する。


「おい、積み木を作れ」


「かしこまりました」


「それから、あいうえお表も作れ」


「……あいうえお表、でございますか?」


「そうだ。文字を覚えるための表だ。文字と、それに対応する絵を一緒に載せれば分かりやすいだろう。そんなことも分からないのか?」


「なるほど! 確かに、それは良いアイデアでございますね!」


「ふん。当然だ」


 アレンは満足そうに頷いた。


 子供の教育のために考えたとは、口が裂けても言わない。


 あくまでも、自分の思いつきを実現させるために命令しただけなのだ。


 もっとも、命令された使用人は、アレンの意図などとっくに察していた。


 最近のアレンは、子供のために何かを用意させることが増えている。


 しかも、そのたびに子供が喜びそうな工夫まで細かく指示してくるのだ。


 どう見ても、子供を喜ばせたい父親である。


 しかし、誰もそれを口にしなかった。


 アレンが必死に隠しているつもりなのだから、そっとしておいてあげよう。


 それが、屋敷の使用人たちの共通認識だった。


 やがて、積み木が完成し、あいうえお表も用意された。


 アレンは子供と一緒に積み木で遊び、あいうえお表を見せながら文字を教えた。


 子供が楽しそうにしているのを見て、アレンは内心で満足する。


 うむ、よくできている。


 やはり、俺の命令は正しかったな。


 アレンは、自分の隠れた教育方針に満足していた。


 だが、話はそれだけでは終わらなかった。


 使用人の一人が、完成したあいうえお表を見て感心したのだ。


 文字だけを並べるのではなく、絵と組み合わせることで、文字を知らない子供でも覚えやすくなる。


 これは、子供の教育に役立つのではないか。


 そう考えた使用人は、アレンの許可を得て、あいうえお表を領内でも活用できるようにした。


 すると、評判は上々だった。


 農民たちの中には、文字を読めない者も少なくない。


 しかし、絵と文字を組み合わせた表なら、子供たちにも教えやすい。


 子供が文字を覚えれば、親も一緒になって学ぶようになる。


 こうして、あいうえお表は領内の各地へと広まっていった。


 やがて、子供だけでなく大人の間でも文字を学ぶ者が増え、領地全体の識字率が上昇していったのである。


 その結果、領地の運営にも良い影響が出始めた。


 お触れを読める者が増え、商取引の記録を自分で確認できる者も増えた。


 文字を読めることが、日々の暮らしに役立つと実感する領民も増えていく。


 もちろん、アレンはそんなことを知る由もなかった。


 ある日、領地の報告書を読んでいたアレンは、ふと気になる記述を見つけた。


「……領内の識字率が上がっている?」


 以前よりも、文字を読める農民が増えているらしい。


 アレンは首を傾げた。


「いったい何があったんだ?」


 報告を持ってきた使用人は、平然と答えた。


「旦那様が作らせた、あいうえお表のおかげでございます」


「……は?」


「子供たちにも分かりやすいと評判になりまして。今では領内のあちこちで使われております」


「俺は、ただ子供のために作らせただけだぞ?」


「はい。存じております」


 使用人は微笑んだ。


 アレンは眉をひそめた。


「なぜ、それが領地全体に広まるんだ……」


「大変素晴らしいご発案だったからでございましょう」


「……ふん。まあ、俺が考えたものだからな。当然か」


 アレンは腕を組み、満足そうに頷いた。


 子供を喜ばせるために用意したものが、領地の発展にまでつながった。


 しかし、本人はあくまでも、自分の命令が優れていたからだと思っている。


 そして今日も、アレンは誰にも知られていないつもりで、子供のために新しい遊び道具を考えていた。


 屋敷の使用人たちは、その姿を温かく見守っていた。


 アレンの悪役ムーブは、子供の前では完全に消えている。


 それでも屋敷では、相変わらず不満を漏らし、偉そうに命令を下す。


 本人は、それでうまく隠せていると思っているのだから、なおさら面白い。


 そして、アレンのわがままは、なぜか領地の発展を促すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。