爵位の継承
アレンは屋敷で両親と食事をしていた。
その途中、父親から正式に爵位を譲ることを告げられた。
「アレン。そろそろお前に爵位を譲ろうと思っている」
「分かりました」
アレンはあっさりと了承した。
爵位を継ぐこと自体に、特に問題はない。
領地のことについても、アレンが自分で何もかもやっているわけではない。
何か思いつけば、それを適切な人間に伝えて丸投げする。
任された人間がさらに別の人間へ仕事を振ることもある。
それでも最終的に形になっているのだから、アレンとしては問題なかった。
自分ですべてを抱え込むより、そのほうが効率的だと思っている。
「ただ、爵位を継ぐとなると、今までより社交界に出る必要があるぞ」
「社交界ですか」
「ああ。侯爵家の当主になるんだからな」
アレンは少し考えた。
社交界に出るのは面倒だが、こればかりは仕方がない。
そして、侯爵家当主ともなれば、当然ながら婚姻についても周囲から注目される。
アレンは、侯爵家当主になれば縁談が大量に舞い込んでくるものだと思っていた。
しかし、数日経っても何も来ない。
「……あれ?」
アレンは首を傾げた。
「どうした?」
「侯爵家当主になるなら、縁談がたくさん来ると思っていたんですが」
父親は苦笑した。
「そう簡単な話ではない」
「なぜですか?」
「まず、お前と釣り合う家柄の女性が少ない」
侯爵家当主ともなれば、相手にも相応の家格が求められる。
伯爵家や侯爵家、場合によってはそれ以上の家柄。
だが、そうした家の令嬢は、すでに婚約している者が多い。
貴族社会では、良い家柄の令嬢ほど早くから婚約者を決める。
そのため、アレンが侯爵家当主になるからといって、条件に合う未婚の女性が次々と出てくるわけではない。
「つまり、家柄が釣り合って、なおかつ婚約者がいない女性がほとんどいないんですね」
「そういうことだ」
それだけなら、まだ何とかなる。
侯爵家当主という立場なら、多少条件を広げて相手を探すこともできる。
しかし、アレンにはもう一つ問題があった。
「それに、お前は評判が悪い」
「僕がですか?」
「ああ」
アレンは自覚がなかった。
領地では、思いついたことを適切な人間に丸投げしているだけだ。
だが、その結果として既存の商売を変え、新しい事業を次々と生み出してきた。
アレンに利益を奪われたと感じる者もいる。
自分たちの既得権益を壊されたと考える者もいる。
もちろん、アレンの所属する派閥では高く評価されている。
しかし、派閥の外では評判が悪かった。
「侯爵家だから何もされていないだけだ」
「そんなにですか?」
「侯爵家でなければ、恨まれて潰されてもおかしくなかった」
アレンは黙って聞いていた。
つまり、こういうことだ。
侯爵家当主と釣り合う家柄の令嬢は、そもそも多くが婚約済み。
残っている数少ない未婚の令嬢から見ても、わざわざ評判の悪いアレンへ嫁がせたいと思う家は少ない。
結果として、縁談が来ない。
「なるほど」
アレンは納得した。
「それに、今の婚約者とのことはどうするんだ?」
「マリンですか?」
「ああ」
現在の婚約者はマリンだ。
アレンはこれまで、マリンとの関係を何とか改善しようとしていた。
だが、いくら努力しても、思うようにはいかなかった。
最初のうちは、時間をかければ関係も変わると思っていた。
しかし、時間が経っても状況は変わらない。
やがてアレンは、関係を改善することを諦めた。
「マリンとは婚約を解消するつもりです」
「そうか」
父親もそれ以上は何も言わなかった。
アレンには、もう婚約者はいなくなる。
そして、侯爵家当主に釣り合う家柄で、なおかつ婚約者のいない女性もほとんどいない。
さらに、派閥外ではアレン本人の評判も悪い。
「そう考えると、結構困った状況ですね」
「ようやく分かったか」
父親は呆れたように言った。
「まあ、必要になったら探せばいいでしょう」
「簡単に言うな」
アレンはいつものように気楽だった。
領地について何か思いつけば、適切な人間に丸投げする。
自分で全部やろうとはしない。
結婚相手についても、必要になれば誰かが探してくれるだろう。
そう考えていた。
こうしてアレンは、侯爵家当主となることが決まった。
しかしその一方で、婚約者は失うことになる。
侯爵家当主。
家柄は申し分ない。
それなのに、釣り合う家柄で婚約者のいない女性がほとんどおらず、さらにアレン本人の評判まで悪い。
アレンの婚活は、爵位を継ぐ前からすでに難航していた。




