娯楽が欲しい
アレンは、最近になって一つの不満を抱えていた。
「この領地、娯楽が少なすぎないか?」
領地の財政は好調だった。
豊作によって税収も増え、増税によってさらに多くの金が入ってきた。商人を呼び込むために税や通行料を調整したこともあり、町には以前より人が増えている。
商売は活発になった。
港も整備され、街道も少しずつ便利になっている。
領地は確実に豊かになっていた。
だが――。
「食べるものは増えた。服も買える。家具も揃えた。……なのに、遊ぶものがない」
アレンは自室でため息をついた。
王都に行けば劇場もある。
音楽を楽しむ場所もある。
絵画や彫刻を見る機会もある。
しかし、この領地ではそういったものがほとんどない。
もちろん酒場や祭りはある。
だが、アレンが求めているのは、もっと違う娯楽だった。
「僕が王都まで行かなくても、ここで楽しめるようにすればいい」
アレンは、ふと思いついた。
「芸術家を呼ぼう」
さっそく執事長を呼び出した。
「この領地に芸術家を集めたい」
「芸術家……ですか?」
「そう。画家、彫刻家、音楽家、劇作家。ほかにも何かいるなら呼んでくれ」
執事長は少し驚いた顔をした。
「芸術家を呼ぶとなると、かなりの費用が必要になります」
「構わない。今は領地も潤っているからね」
アレンは即答した。
「それに、芸術は豊かでなければ育たないだろう?」
「おっしゃる通りです」
「だから、こちらから環境を用意する」
アレンは机の上に指を置いた。
「住む場所を用意する。活動する場所も用意する。必要なら材料を買う金も出す」
「そこまでなさるのですか?」
「ただし条件がある」
アレンは少し考えてから続けた。
「この町で活動してもらう」
「王都へ戻ることは禁止、という意味でしょうか?」
「禁止まではしない。ただ、僕が支援する以上、この領地を活動拠点にしてもらう」
芸術家にとっても悪い話ではない。
金銭的な心配を減らしながら、作品を作ることができる。
しかも、領主が後ろ盾になってくれる。
「パトロンになる、ということですね」
「そういうことになるのかな」
アレンは頷いた。
「僕は芸術について詳しくない。だから、何が売れるとか、何が評価されるとか、そんなことまで口を出すつもりはない」
ただし――。
「この町で活動してくれればいい」
アレンの目的は単純だった。
王都まで出かけなくても、娯楽を楽しめる場所を作りたい。
それだけである。
「では、まず王都や近隣の都市から芸術家を探してみます」
「頼んだ」
こうして、領主アレンによる芸術家の招致が始まった。
最初にやって来たのは、一人の画家だった。
次に彫刻家。
さらに音楽家が数人。
劇を作っている者までやって来た。
アレンは彼らに工房や活動場所を用意した。
「ここを自由に使っていい。必要なものがあれば相談してくれ」
芸術家たちは驚いた。
領主が自分たちの作品に口を出すことなく、活動場所と資金を用意してくれたからだ。
「これほど自由に制作できるとは……」
「ありがとうございます、アレン様」
「気にしなくていい。僕が楽しむためでもあるから」
アレンは本気でそう思っていた。
だが、芸術家たちの活動が始まると、町の様子は少しずつ変わっていった。
画家の工房には見物人が集まるようになった。
完成した絵を見ようと、商人や貴族が町を訪れる。
音楽家が演奏会を開けば、食事をしながら音楽を楽しむ客が増えた。
劇作家が新しい劇を上演すると、町の劇場は満席になった。
芸術家を目当てにやって来た人々は、宿に泊まり、食事をし、買い物をする。
商人たちも新しい客を歓迎した。
「最近、町がずいぶん賑やかになりましたな」
執事長が報告すると、アレンは満足そうに頷いた。
「そうだろう?」
自分の考えが正しかった。
これなら王都まで行かなくても遊べる。
「芸術家を呼んで正解だったな」
アレンは新しく完成した劇場を眺めながら思った。
このときのアレンは知らなかった。
何年も経つ頃には、この町には画家、音楽家、彫刻家、劇作家だけでなく、多くの職人や芸術を学ぶ者まで集まるようになっていた。
芸術家同士の交流から新しい作品が生まれ、町独自の文化まで育っていく。
やがて人々は、この町をこう呼ぶようになる。
――芸術の町。
豊かな領地が芸術家を支え、芸術家が町に人を呼び、人が集まることでさらに町が豊かになる。
そんな好循環が生まれていた。
その始まりとなった政策について、後世の人々はこう評価することになる。
領主アレンが芸術文化の発展を見据え、長期的な視点から芸術家を保護したのだ、と。
しかし本人の考えは、もっと単純だった。
「これで王都まで遊びに行かなくてもいいな」
アレンは満足げに笑った。
「僕の領地で遊べるなら、それが一番楽だ」




