増税
その年、アレンの領地は豊作だった。
春から天候に恵まれ、雨も適度に降った。
畑では作物がよく育ち、収穫の時期を迎える頃には、どの村でも例年以上の収穫量になっていた。
「今年はかなり取れたな」
執事長から報告を受けたアレンは、領地の収穫量をまとめた書類に目を通した。
「去年よりかなり多い」
「はい。各地からも豊作との報告が届いております」
アレンは少し考えた。
豊作ということは、領民の手元に残る食料も増える。
ならば――。
「今年は税を少し上げよう」
「税率を、ですか?」
「そう。これだけ収穫できたんだ。少しくらい多く納めても困らないだろう」
執事長は一瞬黙った。
だが、アレンはすでに決めている。
「不作の年に税を上げるわけじゃない。豊作なんだから問題ないよ」
「承知しました」
こうして、その年だけ税率が引き上げられた。
村人たちは、最初こそ豊作を喜んでいた。
「今年は去年よりたくさん取れたぞ」
「これなら冬も安心だ」
収穫量が多い。
食料が十分にある。
今年は余裕のある生活ができる。
誰もがそう思っていた。
ところが、税を納める時期になる。
「今年は税が多いぞ」
「豊作だからって、税まで増やすのか……」
村人たちは不満を抱いた。
収穫量そのものは増えている。
しかし、税として領主に納める量も増えている。
結果として、各家庭が手元に残せる食料は、前年とそれほど変わらなかった。
「せっかく頑張ってたくさん作ったのに」
「去年と同じくらいしか残らないじゃないか」
村人たちの間には、当然のように不満が広がった。
アレンの評判が悪くなる。
――そう思われても仕方のない状況だった。
ところが、しばらくすると村人たちの様子が変わっていった。
「……あれ?」
市場を訪れた村人が、並んでいる食料を見て首を傾げた。
豊作だったにもかかわらず、食料の値段がそれほど下がっていない。
「今年はもっと安くなると思ってたんだが」
「そういえば、去年とあまり変わらないな」
豊作になれば、市場に出回る食料も増える。
需要以上に商品が増えれば、当然価格は下がる。
農家にとっては、収穫量が増えても売値が大幅に下がれば、思ったほど利益が増えない。
しかし今年は、領主が税として多くの食料を集めた。
そのため、市場に一度に流れ込む食料の量が抑えられた。
結果として、豊作による大幅な値崩れが起きなかった。
「去年と同じくらいの値段で売れるぞ」
「これなら、収穫量が多かった分だけ売上も増える」
村人たちはそこで初めて気づいた。
税として持っていかれた分だけ、単純に手元の食料が減ったわけではない。
市場に大量の食料が流れ込むのを防いだことで、農作物の価格が下がることも防がれていたのだ。
「今年は豊作だったから、もっと安くなると思ってた」
「でも、この値段なら売った分だけ利益が出る」
「結果的には悪くなかったな」
最初に抱いていた不満は、少しずつ消えていった。
むしろ領主が豊作の状況を見て税を調整したことを、適切な判断だったと考える者まで現れた。
アレンはそんな変化を知らなかった。
「ふふ……」
執務室で報告書を読んだアレンは、満足そうに笑った。
「今年はいいことをしたな」
もちろん、本人が考えている「いいこと」の意味は少し違う。
豊作なのだから、税を多く取っても問題ない。
そう判断しただけだった。
「これでまた一つ、悪役令息らしいことができた」
アレンは満足していた。
領民から嫌われるようなことをしてやった。
そう思っていた。
だが実際には、領民たちの間で別の評価が広がっていた。
「豊作だからといって、何も考えずに市場へ流すようなことをしなかった」
「今年の税の取り方は、結果的に農家にも悪くなかったな」
「領主様は意外と領地のことを考えているのかもしれない」
アレンが狙ったものとは、まったく違う評価だった。
それでも本人は気づかない。
「悪役令息として順調だな」
アレンは満足そうに頷いた。
豊作による値崩れを防いだことも、領民から評価されていることも知らないまま、次にどんなわがままを言おうかと考えていた。




