婚約者の変化
今日はマリンが屋敷を訪れていた。
婚約者なのだから、こうして定期的に会うこと自体は珍しくない。
アレンも、婚約を維持するのであれば最低限の付き合いくらいは必要だと思っている。
しかし――。
「最近、領地のほうはいかがですか?」
「順調だよ」
「そうですか」
「学園のほうは?」
「いつも通りですわ」
「そう」
「……」
「……」
会話はそこで止まった。
アレンは紅茶を飲みながら、向かいに座るマリンを見る。
やはり、仲が深まる気配はない。
婚約者なのだから、もう少しくらい気軽に話せてもいいと思うのだが、どうにも会話が続かない。
そんな時間がしばらく続いた。
やがて、マリンが連れてきたメイドが席を外したそうな様子を見せた。
「……」
アレンはその様子に気づいた。
「アリス」
「はい」
「案内してあげて」
「分かりました」
アリスはすぐに立ち上がった。
「こちらへどうぞ」
マリンのメイドはアリスについて部屋を出ていった。
マリンは二人を見送った。
そして、少ししてから気づいた。
「……あの、アレン様」
「何?」
「使用人をどちらへ?」
「使用人用のトイレだよ」
「……え?」
マリンが目を瞬かせた。
「使用人用の……トイレ?」
「うん。屋敷の中にあるよ」
「屋敷の中に?」
「そう」
アレンは何でもないことのように答えた。
マリンは驚いた顔をした。
そんなものがこの屋敷にあるとは、今まで知らなかった。
そもそも、使用人がどこを使っているのかなど、これまで気にしたこともなかった。
「いつの間に……」
「少し前に作った」
「なぜですか?」
「仕事の効率が悪かったから」
アレンは当然のように答えた。
以前、使用人用の設備は屋敷の外にあった。
場所が遠いため、仕事中にそこまで移動するだけでも時間がかかる。
そこでアレンは屋敷の中に使用人専用のトイレを作らせた。
「わざわざ屋敷の中に作られたのですか?」
「うん。使用人も働いているんだから、使いやすいほうがいいだろう?」
マリンはしばらく黙っていた。
やがてアリスとメイドが戻ってくる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
アリスは元の場所へ戻った。
マリンは連れてきたメイドを見る。
特に変わった様子はない。
だが、マリン自身は先ほど聞いた話が頭から離れなかった。
使用人のための設備。
しかも、それを屋敷の中に用意している。
「アレン様は、使用人のことを大切にされているのですね」
「そうかな?」
アレンは首を傾げた。
「働いてもらっているんだから、仕事をしやすくするのは当然だろう?」
「……」
マリンは答えなかった。
アレン本人に、使用人を大切にしているという自覚はないらしい。
本人にとっては、あくまで仕事の効率を上げるための設備なのだろう。
しかし、マリンからすれば、それでも十分に感心することだった。
「知りませんでした」
「何が?」
「この屋敷に、使用人専用のトイレがあることです」
「別に珍しいものじゃないと思うけど」
アレンはそう言って紅茶を飲む。
マリンはその姿を見つめた。
以前なら、アレンの行動に感心することなどほとんどなかった。
だが最近は、領地の運営でも、屋敷の管理でも、意外なところに気を配っている。
それでも――。
「……やはり、よく分からない方ですわ」
「?」
アレンには、その言葉の意味が分からなかった。
結局その日も、二人の仲が深まることはなかった。
ただ一つ。
マリンの中で、アレンに対する評価だけが、ほんの少し変わっていた。




