移動時間の短縮策
アレンは王都へ向かう準備をしていた。
侯爵家の嫡男ともなれば、王都へ行く機会は少なくない。
社交のために呼ばれることもあるし、貴族同士の付き合いもある。
問題は、その移動時間だった。
「……やっぱり遠いな」
アレンは領地から王都までの道のりを地図で確認していた。
馬車を使えば移動できる。
だが、当然ながら一日で到着するような距離ではない。
途中で何度も休憩が必要になるし、馬を休ませる必要もある。
宿泊も必要だ。
そして、この世界にはアレンが前世で暮らしていたような安全な道路など存在しない。
街道を進んでいる途中で盗賊に襲われることもある。
魔物が街道に出ることもある。
そうなれば護衛の騎士が対応しなければならない。
当然、その分だけ移動時間は伸びる。
「盗賊や魔物が出るたびに止まるのか……」
アレンは嫌そうな顔をした。
「面倒だな」
自分が戦う必要はない。
護衛の騎士がいるのだから、襲撃があれば彼らが対応する。
それでも、アレンが馬車の中で待たされることに変わりはない。
「もっと早く王都へ行けないのか?」
アレンは地図を眺め続けた。
陸路なら、山や川を避けながら街道を進まなければならない。
直線距離だけを見れば、それほど遠くない。
しかし実際の街道は大きく迂回している。
「……ん?」
アレンの視線が止まった。
領地の近くには海がある。
そして、王都側にも海へ通じる場所がある。
「海を使えば?」
アレンは地図の上を指でなぞった。
陸路では山を避け、大きく迂回する。
だが、海ならそのまま進める。
「こっちのほうが近いじゃないか」
もちろん、船が必要になる。
今の領地には大きな港などない。
船も十分に用意されていない。
ならば――。
「港を作ろう」
アレンはあっさり決めた。
翌日。
アレンは執事長と土木関係の担当者を呼び出した。
「港を作ってほしい」
「港、ですか?」
「そう。海を使って王都へ行くために必要なんだ」
「……王都まで船で?」
「そのほうが早いだろう?」
執事長は地図を広げた。
陸路と海路を比較する。
しばらく考えた後、頷いた。
「確かに、海路を利用できればかなり短縮できそうです」
「だろう?」
アレンは満足そうに頷いた。
「それなら港と船を用意してくれ」
「船もですか?」
「当然だろう。港だけ作っても船がなければ意味がない」
「しかし、かなりの費用が……」
「構わない」
アレンは即答した。
最近は領地の収入も増えている。
商人を呼び込むために税を下げたことで、街も以前より賑わっている。
そのうえ、アレン自身は侯爵家の財力を持っている。
多少の出費なら問題ない。
「僕が王都へ行く時間を短くできるなら、それだけで価値がある」
アレンにとっては、それが全てだった。
港の建設が始まった。
海岸を整備し、船を停泊させる場所を作る。
倉庫を建て、荷物を扱うための施設も整える。
船を購入し、船員も集める。
最初は、あくまでアレンが王都へ移動するための施設だった。
「これで馬車に乗っている時間を減らせる」
完成した港を見ながら、アレンは満足していた。
「王都へ行くたびに何日も馬車に揺られる必要がなくなるな」
執事長は港を見渡した。
立派な施設が並んでいる。
「せっかく港を作ったのですから、商人にも使わせてはいかがでしょう?」
「商人に?」
「はい。すでに領内へ商人を呼び込む政策を進めています。港があれば、海路で商品を運んでくる商人も増えるかもしれません」
アレンは少し考えた。
「僕の船に邪魔にならないなら、好きに使わせればいい」
「承知しました」
こうして港は商人にも開放された。
最初は少数の船が寄港するだけだった。
しかし、海路は陸路よりも大量の商品を運べる。
しかも、山道を越える必要もない。
商人たちはすぐに、その利便性に気づいた。
「この港を使えば、あの領地まで直接運べるぞ」
「しかも税も安い」
「なら、次からここを使おう」
船が増えた。
商人が増えた。
港の周辺には倉庫が建ち、船員や荷役をする人間が集まる。
商人を相手にする宿屋や食堂も増えていった。
やがて、領地を経由して他の地域へ商品を運ぶ商人まで現れるようになった。
しかし、その頃になってもアレンは大して気にしていなかった。
「港を作って正解だったな」
王都への移動時間が短くなった。
それだけでアレンには十分だった。
自分が王都へ行きやすくするために作った港が、やがて領地を代表する交易拠点になる。
海を使った貿易が盛んになり、領地に莫大な富をもたらすことになる。
そんな未来を、この時のアレンはまだ考えてもいなかった。
「これで王都へ行くのが楽になる」
アレンは満足そうに港を眺めた。
あくまで、自分のために作った港だった。




