使用人の衛生概念
ある日、アレンは屋敷の庭園をあてもなく歩いていた。
木々の立ち並ぶ奥まった小道へ差し掛かったとき、前方を歩いていたメイドの姿が目に入った。
メイドは庭の奥へ進むと、周囲を確認してから木陰へ入っていった。
「……?」
アレンは何となくその様子を見ていた。
しばらくすると、メイドは何事もなかったかのように屋敷へ戻っていく。
アレンは近くを通りかかった別のメイドに声をかけた。
「なぁ、今のメイドは何をしていたんだ?」
「お手洗いを済ませていたのだと思います」
「……庭で?」
「はい」
「屋敷の中にはないのか?」
「貴族様がお使いになるものはございますが、使用人用のものは屋敷の外れにございます」
「外れ?」
「はい。使用人用の便所は屋敷から少し離れた場所にございますので、小用のたびにそこまで行くのは面倒なのです」
「だから庭で済ませるのか」
「昔からの習慣でございます」
アレンは考え込んだ。
大きな用を足すときは、外れにある使用人用の便所まで行く。
しかし、小さな用なら、わざわざそこまで行かずに庭の物陰で済ませる。
アレンには、それがどうにも非効率に思えた。
(屋敷の中に一つ作れば済む話じゃないか)
わざわざ屋敷の外れまで往復すれば、その分だけ仕事の時間も減る。
それに、庭を使われれば清掃の手間も増える。
「じゃあ、使用人専用のトイレを屋敷の中に作ればいいじゃないか」
「え?」
メイドが目を丸くする。
「屋敷の中に作れば、小用でもわざわざ庭まで行く必要がないだろ。大用のときも、外れまで行かなくて済む」
「ですが……使用人のために屋敷の中へそのような設備を設けるなど、前例が……」
「前例がないなら作ればいい」
アレンは即答した。
「それに、庭で済ませるより屋敷の中に専用の場所を作ったほうが、ずっと衛生的だろ?」
「……はい」
「執事長を呼んでくれ」
「かしこまりました!」
すぐに執事長が呼ばれた。
アレンは事情を説明し、使用人専用の設備を屋敷の中に設置するよう指示した。
執事長は一瞬驚いたものの、すぐに頭を下げる。
「承知いたしました。ただちに手配いたします」
こうして、屋敷の一角に使用人たちが自由に使える専用の衛生設備が設けられることになった。
完成すると、メイドたちは大いに喜んだ。
「これで、わざわざ外まで行かなくて済みますね」
「雨の日も助かります」
「庭まで行く必要がなくなるなんて……」
使用人たちの間では、アレンへの評価がまた一段と高まっていた。
しかし、当のアレンはそんなことを気にしていない。
「これで無駄な移動時間も減るし、庭の清掃も楽になるな」
アレンにとっては、使用人への慈善でも何でもなかった。
単純に、必要な設備を必要な場所に置いただけ。
それが一番合理的だと思っただけだった。
だが結果として、使用人たちからのアレンへの忠誠心と評判は、またしても大きく上がることになった。




