文官募集と婚約者
アレンは派閥に属する貴族家へ、文官を募集する旨の文書を送った。
求めるのは、領地経営に詳しい者。
できれば貴族家の次男や三男など、家を継ぐ立場にはないが、教育を受けていて能力のある者がいい。
「これでよし」
アレンは満足げに頷いた。
自分で領地経営を勉強するつもりはない。
優秀な人間を雇い、方針だけ自分が決める。
細かい仕事は任せて、報告を受けて、必要なところだけ命令する。
「これなら僕は何もしなくても、甘い蜜を吸えるな」
アレンにとっては理想的な形だった。
領地が破綻しなければいい。
侯爵家の生活水準も落としたくない。
そして自分が死ななければ、それでいい。
面倒な仕事を専門家に任せられるなら、それに越したことはなかった。
そんなことを考えていると、ふと婚約者のことを思い出した。
マリン。
伯爵家の令嬢だ。
そもそも、どうして自分とマリンは婚約したのだったか。
アレンは前世の記憶を取り戻す前の自分の記憶を掘り起こした。
そして、思い出した。
五歳の誕生日。
侯爵家で開かれた誕生日パーティーには、アレンと同年代の貴族令嬢たちも招かれていた。
その中で、アレンが一番かわいいと思った少女。
それがマリンだった。
そしてアレンは、その場でこう言ったのだ。
『僕の嫁になれ』
子供の発言だった。
だが、侯爵家の跡取り息子からの言葉。
相手の伯爵家は断ることができなかった。
そのまま話は進み、二人は婚約することになった。
「……そういうことだったな」
アレンは頭を抱えた。
よく考えてみれば、婚約そのものが自分の一存で決まっている。
五歳の子供が気に入った相手を選び、その家が断れずに婚約したのだ。
「婚約者を選び直したほうがいいんじゃないか?」
今のアレンなら、そう考えるのも当然だった。
しかし、問題がある。
相手の両親は、娘が侯爵家の跡取りに選ばれたことを喜んでいる。
婚約を嫌がっているのは、どうやら当人だけなのだ。
「……なんでだよ」
アレンは苛立った。
侯爵家の跡取りから婚約を望まれた。
しかも、相手の家にとっても大きな利益になる。
それなのに、本人だけが嫌がっている。
「貴族としての自覚がないのか?」
アレンには理解できなかった。
家の立場。
親同士の関係。
侯爵家と伯爵家の婚姻がもたらす利益。
そういったものを考えれば、多少の不満など飲み込むものだと思っていた。
自分だって、領地経営など面倒でやりたくない。
それでも侯爵家の跡取りとして、家を潰さないために動こうとしている。
なのにマリンは、自分が嫌だからという理由だけで婚約を嫌がっている。
「……本当に、困った婚約者だ」
アレンはそう呟いた。
自分が五歳のとき、相手の意思をほとんど考えずに婚約を決めたことについては、特に問題だとは思っていなかった。




