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3026  作者: Dar_3026
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9話 少女の発表

 札幌未来科学交流館の前には、多くの人が集まっていた。

 スーツ姿の男女が談笑しながら館内へ向かい、その横を大学生らしき集団が資料を片手に足早に通り過ぎていく。

 休日のイベントというより、学会のような落ち着いた空気だった。

「思ったより堅い雰囲気だな」

 誠が辺りを見回しながら呟く。

「ニュースじゃもっと一般向けのイベントかと思ってた」

「俺も」

 受付で受け取ったパンフレットを開く。

 大学研究室の展示。

 企業の技術紹介。

 特別講演。

 思っていた以上に専門色が強い。

 数日前、何気なく見ていたニュース。

 高校生が札幌科学技術フォーラムへ特別招待される。

 そんな短い特集だった。

 目当てのページを探し、手を止める。

 そこには、あの時テレビで見た名前があった。

 特別招待研究発表

 白石 澪

『熱流制御に関する基礎研究』

 名前の横には、小さく「大学推薦」と書かれている。

「大学推薦だったんだ」

 思わず声が漏れた。

 誠も横からパンフレットを覗き込む。

「ニュースじゃそこまで言ってなかったよな」

「うん」

「高校生なのに大学推薦か……」

 誠は感心したように息を漏らした。

「すげぇな」

「そうだね」

 樹は素直に頷いた。

「だから余計に聞いてみたくなった」

「どんな研究なんだ?」

「それもだけど」

 少し笑う。

「ニュースじゃ数十秒しか映ってなかったし」

「ちゃんと本人の話を聞いてみたい」

「お前らしいな」

 誠は苦笑する。

「面白そうと思ったら、とりあえず見に行く」

「その方が早いからね」

 樹はパンフレットを閉じ、腕時計へ目を落とした。

 十時五十七分。

「あと三分か」

「急ぐぞ」

 二人は講演ホールへ向かった。

 入口には既に多くの人が集まり、開演を待っている。

 教授らしき人物が資料へ目を通し、企業の研究者同士が小声で意見を交わしていた。

 最後列の席へ腰を下ろす。

 ほどなくして照明がゆっくり落ち、ざわめきが静まっていく。

 一人の女子生徒が壇上へ歩み出た。

 ニュースで見た制服姿だった。

 樹は手元のパンフレットへ目を落とす。

『白石 澪』

 その名前を確かめるように、もう一度壇上を見た。

 静かに姿勢を正した。



 壇上へ立った白石澪は、会場を一度見渡すと、小さく一礼した。

「本日はお忙しい中、ご来場いただき、ありがとうございます。

 これより、『熱流制御に関する基礎研究』について発表させていただきます」

 落ち着いた声だった。

 緊張していないわけではない。

 それでも言葉が乱れることはなく、一つひとつ丁寧に積み重ねていく。

 スクリーンへ最初のスライドが映し出された。

 熱は高い場所から低い場所へ移動する。

 そんな中学校で習うような基本原理から始まり、実験方法、測定結果、考察へと話は進んでいく。

 専門用語は多い。

 だが、説明は驚くほど分かりやすかった。

「高校生って聞いてたけど……」

 誠が小さく呟く。

「普通に大学の講義じゃねぇか」

 樹も静かに頷く。

 説明は論理的で、無駄がない。

 一つの結果に対して複数の可能性を挙げ、その中から実験結果に最も一致するものを選び出している。

 飛躍がない。

 だから聞いていて気持ちがいい。

 会場の研究者たちも真剣な表情でスライドを見つめていた。

 やがて発表は終盤へ入る。

「以上の結果から、熱流を制御することで、従来より高い断熱性能が得られる可能性を確認しました」

 スクリーンには最後の実験結果が表示される。

 会場は静まり返っていた。

 高校生への拍手というより、一人の研究者へ送られる拍手。

 そんな空気だった。

 やがて誰かが拍手を始める。

 その音は少しずつ広がり、講演ホール全体を包み込んだ。

 樹も自然と手を叩く。

「すごいな」

 誠が素直に感心する。

「うん」

 樹もそう思った。

 本当に、よく考えられている。

 ただ――。

「……惜しい」

 思わず心の中で呟いた。

 どうしてそう思ったのか。

 自分でも分からなかった。

 間違っているわけじゃない。

 理論も実験も、きちんと積み上げられている。

 でも。

 あと一歩。

 本当にあと一歩だけ届いていない。

 そんな不思議な感覚が胸に残った。

 壇上では、澪が静かにマイクを持ち直す。

「それでは、ご質問をお受けします」

 澪がそう告げると、すぐに一人の男性が手を挙げた。

 大学教授らしい初老の男性だった。

「実験条件についてお聞きします。

 温度差を三十度に設定されていますが、その理由を教えていただけますか」

「はい」

 澪は一枚前のスライドへ戻す。

「実験開始時の安定性と再現性を考慮した結果です。

 十五度、三十度、五十度で比較したところ、三十度が最も測定誤差を抑えられました」

「ありがとうございます」

 教授は満足そうに頷き、席へ戻る。

 続いて企業研究者が手を挙げた。

「実用化を考えた場合、コスト面はどのように考えていますか」

「現段階では基礎研究ですので、実用化までは考えていません。

 ただ、素材の変更によって改善できる可能性はあります」

 簡潔で無駄がない。

 質問はさらに二、三続いた。

 測定方法。

 誤差。

 使用した装置。

 どれにも澪は落ち着いて答えていく。

「……すごいな」

 誠が小さく呟く。

「ちゃんと全部答えてる」

「うん」

 樹も素直に感心した。

 知識だけじゃない。

 自分で考え、自分で検証してきた人の話だ。

 だから答えに迷いがない。

 やがて会場が静かになる。

 質問は一通り終わったようだった。

 樹はゆっくりと手を挙げる。

「はい」

 澪の視線がこちらを向く。

「すみません」

「一つ、お聞きしてもいいですか」

「はい」

 樹は少しだけ考えながら口を開いた。

「今回の研究って、熱が外へ逃げることを前提に考えていますよね」

「はい」

「熱を止めるんじゃなくて」

 樹は少し考えた。

「熱が流れる向きそのものを、設計する方向では考えませんでしたか」

「逃げる熱を遮るだけじゃなくて、別の場所へ誘導するとか」

「もし、その前提を変えられたら、結果も変わるのかなって」

 澪は返事をしない。

 スクリーンではなく、自分のスライドへ視線を落としたまま考え込んでいる。

 数秒。

 会場にも沈黙が流れた。

 誠は隣で小声になる。

「……なんか変なこと聞いたか?」

「いや」

 樹は首を横へ振る。

「気になっただけ」

 その時だった。澪の中でカチッっという音がした気がした。

「……なるほど」

 澪が静かに顔を上げる。

「その前提では考えていませんでした」

 会場のあちこちで小さく資料をめくる音がした。

 教授が腕を組み直す。

 企業研究者が身を乗り出す。

 壇上の澪は、樹だけを見ていた。

「もしよろしければ」

 一呼吸置いて続ける。

「その考え方について、もう少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」

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