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3026  作者: Dar_3026
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8話 三十秒のニュース

 HDV編集室。

 モニターには、蒼陵高等学校で撮影された映像が流れていた。

 展示パネルを説明する澪。

 実験を繰り返す姿。

 そして、インタビュー。

『研究者になりたい訳ではありません』

『知りたいだけです』

 映像が止まる。

 編集長は腕を組みながらモニターを見つめていた。

「どうだった?」

 記者は椅子へ腰掛けたまま答える。

「不思議な子でした」

 編集長は少し笑う。

「天才か?」

 記者は首を横へ振った。

「違います」

「秀才?」

「それとも少し違います」

 編集長は興味深そうに眉を上げた。

「じゃあ、何だ?」

 記者は少し考え、モニターへ映る澪を見つめた。

「知ることが好きな子です」

 編集長は何も言わず続きを促す。

「質問すると、全部ちゃんと考えて答えるんです」

「でも」

 一拍置く。

「格好いいことは一つも言わない」

 編集長が小さく笑った。

「ニュース向きじゃないな」

「私も最初はそう思いました」

 記者も苦笑する。

「でも、取材が終わる頃には逆でした」

 編集長は椅子へ深く座り直した。

「逆?」

「はい」

「盛る必要がないんです」

 編集長は黙って聞いている。

「あの子は」

「そのまま映した方が伝わります」

 編集室が静かになる。

 カメラマンが隣で頷いた。

「私もそう思います」

「作った笑顔じゃありませんでした」

「嬉しそうに話そうともしていません」

「でも」

 映像を見つめながら続ける。

「質問されること自体が嬉しそうでした」

 編集長は少しだけ笑った。

「なるほど」

「だから」

 記者はモニターを指差す。

「この『知りたいだけです』も、そのまま使いたいです」

「変に編集すると、別人になります」

 編集長はしばらく考え込んだ。

 ニュースは限られた時間で興味を引かなければならない。

 派手な言葉も欲しい。

 印象的な演出も欲しい。

 だが。

 今回は違う気がした。

「分かった」

 編集長は静かに頷く。

「余計な演出はやめよう」

 編集担当がキーボードへ手を置く。

「BGMは?」

「なし」

「テロップは?」

「必要最低限」

「ナレーションは?」

「事実だけ」

 編集長はモニターへ目を向ける。

「あとは」

「この子に任せよう」

 編集室の空気が少しだけ和らいだ。

 映像が繋がれ。

 テロップが入り。

 ニュースが形になっていく。

 完成した映像が流れ始める。

『蒼陵高等学校二年、白石澪さん――』

 編集長は最後まで見届け、小さく頷いた。

「これでいい」

 記者も、静かに頷き返した。



 午後六時。

 HDVのニュース番組が始まった。

 キャスターがカメラへ向き直る。

「続いては、今週末に開催される『札幌科学技術フォーラム』の話題です」

 画面が切り替わる。

 映し出されたのは、蒼陵高等学校の理科室。

 静かにノートを書く、一人の女子生徒だった。

『蒼陵高等学校二年の白石澪さん。

 独自にまとめた研究内容が北日本科学大学の目に留まり、

 札幌科学技術フォーラムへの出展が決まりました』

 展示パネルを準備する姿。

 実験器具を片付ける姿。

 ノートへ何かを書き加える姿。

 どれも派手な映像ではない。

 だが、その一つひとつに真剣さがあった。

 やがて、インタビュー映像へ切り替わる。

『将来は研究者を目指しているんですか?』

 少し考えたあと、澪が答える。

『分かりません』

 一拍置き、続けた。

『研究者になりたい訳ではありません』

『知りたいだけです』

 余計な演出はなかった。

 音楽も流れない。

 ただ、澪の言葉だけが静かに流れる。

『今回、一番苦労したことは?』

『説明です』

『研究より難しかったです』

 画面には、来場者にも分かるよう工夫された展示パネルが映る。

『伝わらなければ、私の理解も足りていないということなので』

 キャスターが静かに締めくくる。

「札幌科学技術フォーラムは、今週土曜日より一般公開されます」

「未来を担う若い研究者たちの発表に、注目が集まりそうです」

 ニュースは次の話題へ切り替わった。

 北海道のどこかで。

 誰かが、リモコンを置く。

 誰かが、テレビから目を離す。

 誰かが、ほんの少しだけ興味を持つ。

 その中の一人が。

 このニュースをきっかけに、大きく人生を動かすことになる。

 まだ、誰も知らない。



 夜。

「澪、ご飯よ」

 階下から母の声が聞こえた。

「はい」

 澪は机へ広げていたノートを閉じ、部屋を出る。

 リビングではテレビがついたままだった。

 ちょうど数分前まで流れていたニュース番組は終わり、バラエティ番組へ切り替わっている。

 母が食卓へ料理を並べながら笑った。

「ニュース、見たわよ」

「はい」

「ちゃんと映ってたじゃない」

「そうですね」

 澪は椅子へ座る。

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 しばらくは静かな夕食が続いた。

 母が味噌汁を飲みながら口を開く。

「フォーラム、楽しみ?」

 澪は箸を止めた。

 頭の中へ、今日一日が浮かぶ。

 佐伯先生。

 山城教授。

 HDVの記者。

 展示パネル。

 質問。

 説明。

 ふと。

 どこからともなく。

 カチッ。

 小さな音が聞こえた気がした。

「……少しだけ」

 母は優しく笑う。

「もう少し嬉しそうに言えないの?」

 澪は少し考える。

「嬉しいです」

「ほら」

 母は苦笑した。

「そういうところ」

 澪は首を傾げた。

「そうでしょうか」

「そうなの」

 母は笑いながら立ち上がる。

「昔から、もう少しかわいげがあればねぇって思うのよ」

 澪はその意味がよく分からない。

 少し考えてから答えた。

「改善した方がいいでしょうか」

 母は吹き出した。

「そういう返しじゃないのよ」

 澪は首を傾げたままだった。

 夕食を終えると、自室へ戻る。

 机の上には、フォーラム用の資料。

 展示レイアウト。

 質問の想定。

 ノートを開き、一つずつ確認していく。

 派手なことは何もない。

 いつも通り。

 分からないことを調べて、

 考えて、

 書き足していく。

 それが白石澪の日常だった。



 翌朝。

 札幌の街は、いつもと変わらない朝を迎えていた。

 通勤する人。

 通学する学生。

 開店準備を始める店。

 昨日のニュースは、もう誰の話題にもなっていない。

 テレビで流れた三十秒。

 それは、多くの人にとって、夕方のニュースの一つに過ぎなかった。

 けれど。

 その三十秒は、確かに誰かへ届いていた。



 数日後――

 アパートの一室。

 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。

 机の上には、分解されたノートパソコン。

 精密ドライバーのセット。

 電子部品の入った小さなケース。

 読みかけの技術書。

 使い込まれたノート。

 壁際には、自作した棚。

 決して広くはない部屋だったが、不思議と散らかった印象はない。

 テレビだけが静かに流れていた。

『札幌科学技術フォーラム――』

 アナウンサーの声だけが部屋へ響く。

 テレビの前には、飲みかけのマグカップ。

 その隣には、置かれたままのリモコン。

 部屋の主の姿は、まだ映らない。

 ただ。

 その部屋だけが。

 これから始まるもう一つの物語を、静かに待っていた。

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