7話 必要なものは分かる
助手席のドアが閉まる。
シートベルトを締める音が重なり、誠がエンジンをかけた。
「ナビいる?」
「いらん。いつものホームセンター」
「了解」
車は住宅街をゆっくり走り始める。
エアコンの風が、火照った体を少しずつ冷ましていく。
しばらくは、お互い何も話さなかった。
ラジオから流れる軽快な音楽だけが、車内を満たしている。
最初に口を開いたのは誠だった。
「まだ考えてるだろ」
「分かる?」
「長い付き合いだからな」
樹は苦笑した。
「正直、頭がおかしくなったのかと思った」
「そこまで?」
「だって、知らない言葉が勝手に出てくるんだぞ」
窓の外を眺めながら、小さく息を吐く。
誠は赤信号で車を止めた。
「じゃあ聞くけどさ」
「おう」
「本当にできると思ってる?」
樹はすぐには答えなかった。
信号機をぼんやり見つめる。
やがて青へ変わると、車は再び走り出した。
「……思ってない」
「え?」
「できるなんて思ってない」
誠がちらりと助手席を見る。
「でも」
樹は静かに続けた。
「試さないと、このモヤモヤが消えない。だから行く、それだけ」
誠は小さく笑った。
「やっぱり樹だな」
「何だそれ」
「昔っからそうだったろ」
ハンドルを握ったまま笑う。
「ラジコン壊した時も」
「ゲーム機直そうとして余計壊した時も」
「パソコン拾ってきた時も」
「全部、『気になるから』だった」
樹は思わず笑ってしまう。
「よく覚えてるな」
「後始末したの、誰だと思ってる」
「……悪かった」
「今さらだ」
二人で笑う。
その空気が心地よかった。
誠は一つ咳払いをすると、少しだけ真面目な声になった。
「俺さ」
「うん」
「お前が正しいとは思ってない」
「うん」
「でも、お前が、根拠もなく嘘をつく奴じゃないのは知ってる。
だから付き合う」
樹は少しだけ目を丸くした。
「……ありがとな」
「礼は成功してからでいい」
二人は声を上げて笑った。
笑い声が落ち着いた頃、車は右へ曲がる。
見慣れた看板が目に入った。
『ホームセンター』
「着いたぞ」
誠が駐車場へ車を滑り込ませる。
樹は窓の外の建物を見つめ、小さく頷いた。
◇
ホームセンターの自動ドアが開く。
冷房の効いた店内へ一歩入ると、誠が大きく息を吐いた。
「生き返る……」
「さっきまで暑かったからな」
樹は店内案内図を見上げる。
「家電……あっちか」
二人はハンディファン売り場へ向かった。
夏物コーナーには色とりどりのハンディファンが並んでいる。
卓上型。首掛け型。折りたたみ式。
そして。
「これ」
樹が一つの商品を手に取った。
箱には大きく、
『ペルチェ冷却プレート搭載』
と書かれている。
「お、さっき言ってたペルチェじゃん」
誠が箱を覗き込む。
「これでいいのか?」
樹は箱をじっと見つめる。
数秒考えたあと、小さく首を振った。
「……違う」
「違うのか」
さらに箱を見つめる。
「いや、これでいい」
「どっちなんだよ」
「欲しいのは、この中身」
「……」
誠はゆっくり箱を見る。
「三千円するハンディファンだぞ?」
「うん」
「それを分解するの?」
「たぶん」
「たぶんじゃねぇ!」
二人のやり取りに、近くの商品を見ていた年配の夫婦が思わずこちらを見る。
樹は少しだけ気まずそうに咳払いをした。
「……とりあえず買う」
「勢いで決めるな」
ハンディファンを買い物かごへ入れる。
次は文具売り場。
「鉛筆」
「急に小学生」
樹は棚を見回し、迷わず一本を手に取った。
「……HBか」
「濃さまで決まってんの?」
樹は箱を見つめたまま、小さく首をかしげる。
「これじゃないと駄目な気がする」
「理由は?」
「分からん」
「またそれだ」
誠は苦笑しながら買い物かごへ鉛筆を放り込む。
そのままキッチン用品売り場へ移動する。
樹は迷うことなくアルミホイルを手に取った。
「それも必要?」
「必要」
「何に使うの?」
「……」
樹は数秒考えた。
「折る」
「は?アルミホイルを?」
「細かく」
「……何で?」
「分からん」
誠は思わず吹き出した。
「お前さ」
「何?」
「今日は一日、『分からん』しか言ってないぞ」
「俺も気付いてる」
二人で笑う。
最後に生活用品売り場へ向かう。
「超音波洗浄機……」
「あ、メガネ洗うやつか」
「それ」
棚には数種類並んでいた。
樹は一番シンプルな機種を手に取る。
「これでいい」
「高いやつじゃなくて?」
「性能はいらない……気がする」
誠はじっと樹を見る。
「また分からんのか」
樹は苦笑した。
「うん」
「今日はもう聞くのやめるわ」
◇
レジへ向かう途中。
誠が買い物かごを見下ろす。
「しかし、すごい組み合わせだな」
「ハンディファン」
「鉛筆」
「アルミホイル」
「超音波洗浄機」
「誰が見ても工作セットだ」
「だな」
「これでエアコンを何とかするって言われても、普通は信じない」
樹は静かに頷いた。
「ああ」
「俺も信じてない」
買い物かごの中を見つめる。
なのに。
これでできる。
そんな確信だけが、不思議なほど揺るがなかった。
「帰るか」
樹が袋を持ち上げる。
誠は苦笑しながら肩をすくめた。
「付き合った以上、最後まで見届けるよ」
二人はホームセンターをあとにした。




