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3026  作者: Dar_3026
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44話 勝手に拠点になったガレージ

 朝、神谷がガレージのシャッターを上げると、樹がいた。

閉じたシャッターの脇にしゃがみ込み、コンビニの紙コップを両手で持っている。

足元には工具箱でも仕事道具でもなく、膨らんだ買い物袋が二つ置かれていた。


「……何時からいる」


 樹が顔を上げた。


「十五分くらいです」

「早いな」

「起きたので」

「仕事は」

「ないです」

「知ってる」


 シャッターが上がりきる。

神谷は照明をつけ、昨夜のままになっていたガレージ内を見渡した。

奥には整備途中のキッチンカー。脇には折り畳み式のテーブルと椅子。

工具棚の前には、御影が置いていった資料の入った鞄まである。


 車を直す場所だったはずだ。

少なくとも、昨日までは。

神谷が作業着の袖をまくると、樹も当然のように中へ入ってきた。


「何を買ってきた」

「飲み物と、紙皿と、ゴミ袋です。あと延長コード」

「延長コードはある」

「明日香さんが、キッチンカーの外でも電源を使うかもしれないって」

「聞いたのか」

「予備です」

「余計な物を増やすな」


 そう言いながら、神谷は買い物袋を受け取った。

ゴミ袋は使う。紙皿も、今の人数ならあって困らない。延長コードも、端子の形を確認すると屋外用だった。


 樹なりに考えてきたらしい。


「昨日の配線、見てもいいですか」

「駄目だ」

「まだ何も触ってません」

「触る顔をしてる」


 樹はキッチンカーの後部を見た。

発電機から分電盤へ伸びる配線は仮組みの段階で、厨房機器をすべて動かした場合の負荷までは確認できていない。

冷蔵庫、冷凍庫、換気扇、照明。明日香が持ち込む予定の調理器具も増える。


「消費電力、計算しておきます」

「俺がやる」

「二人で確認したほうが早いです」

「お前は電源を入れるな」

「分かりました」


 返事だけは素直だった。

神谷は壁の時計を見る。


 開店まで、まだ二十分ある。


「床を掃け」

「はい」

「車の下には入るな」

「はい」

「棚の物は動かすな」

「はい」

「配線には触るな」

「……はい」

「間が長い」


 樹は箒を手に取った。

昨夜使ったテーブルの周囲から掃き始め、細かな砂や金属片を集めていく。

二度ほどキッチンカーのほうへ視線を向けたが、神谷が見ていることに気づくと、黙って箒を動かした。


 電話が鳴った。

今日の午前に予約が入っている客からだった。

タイヤ交換に加えて、走行中に異音がするという。神谷は症状を聞き、予定どおり持ち込むよう伝えた。

通話を終えると、樹が聞いた。


「手伝えることありますか」

「ない」

「タイヤくらいなら運べます」

「客の車には触るな」

「じゃあ、キッチンカーを」

「それにも触るな」


 樹の手が止まった。


「掃除だけですか」

「無職を雇った覚えはない」

「雇われたつもりもないです」

「なお悪い」


 樹はまた箒を動かし始めた。

しばらくして、ガレージの前に軽自動車が停まった。

後部座席から大きな保冷バッグを抱えて降りてきた明日香が、開いたシャッターの奥を見て足を止める。


「早いね」

「起きたので」


 樹が同じ答えを返した。

明日香は一度だけ瞬きをしてから、神谷を見た。


「働いてるの?」

「掃除させてるだけだ」

「給料は?」

「ない」

「ひどい職場だ」

「職場じゃないです」


 樹が訂正した。

明日香は保冷バッグを作業台へ置き、中から保存容器を取り出した。下処理を終えた食材らしい。


「じゃあ、三雲君。これ冷蔵庫に入れて」

「どっちのですか」

「キッチンカーのほう」

「触るなと言われてます」


 樹と明日香が、そろって神谷を見る。

神谷は黙ってキッチンカーの鍵を作業台に置いた。


「食材を入れるだけだ。スイッチには触るな」

「はい」

「分かりました」


 二人分の返事が重なった。

樹が保冷バッグを持ってキッチンカーへ向かう。

明日香もその後を追い、昨日決めた棚の位置がどうだ、調理台が少し低いだと話し始めた。

神谷は工具箱を開き、今日使うソケットを取り出した。


 客の予約は入っている。預かっている車もある。キッチンカーの整備も終わっていない。

そのうえ、朝から無職が一人増えた。

作業台の端には、樹が買ってきた紙コップが並んでいた。数えると、神谷と樹と明日香の分だけではない。


 神谷は何も言わず、自分のコップを手に取った。

どうやら今日も、仕事が終わる頃には人数が増えているらしい。

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