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3026  作者: Dar_3026
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43/59

43話 今できること

 午前九時三分。


 扉の向こうで、短い電子音が鳴った。


『白石さん。ご希望の物をお持ちしました。入室してもよろしいですか』


 十二番の声だった。


「どうぞ」


 澪は時計を見てから、扉から数歩離れた。

内部で鍵が動く。


 十二番は小さな箱と、紙の束を挟んだファイルを持って入ってきた。


「お待たせしました」


 机の上へ、一つずつ並べていく。

方眼ノート。


 〇・三ミリのシャープペンシルと替え芯。

十五センチの透明な定規。

要求したものと一致している。


「こちらが、現在貸し出し可能な書籍の一覧です」


 印刷された用紙には、数学、物理、化学、材料工学、一般小説などの分類が並んでいた。

新聞や雑誌はない。


 地図や旅行案内も見当たらなかった。


「ありがとうございます」

「希望する本が決まりましたら、お知らせください。貸し出しには多少お時間をいただく場合があります」

「この道具は、施設内にあったものですか」

「施設内でご用意できるものをお持ちしました」


 質問への答えにはなっている。

どこにあったのかは、答えていない。


 澪はそれ以上聞かなかった。


「もう一点、お伝えすることがあります」


 十二番が続ける。


「ご家族への連絡が完了しました」


 澪の指先が、ぴくりと動いた。


「母と話したんですか」

「連絡担当者が、白石香織さんご本人とお話ししています」

「本人だと、どう確認しましたか」

「登録されていた電話番号と、ご本人に確認した情報を照合しています」


 完全な証明ではない。

けれど、先ほどよりは情報が増えた。


「母は、何と?」

「伝言をお預かりしています」


 十二番は、言葉を確認するように一度間を置いた。


「お母さんは大丈夫。あなたも、今できることを考えて」


 澪は黙った。

短い言葉だった。


 無事だから心配しないで、ではない。

大人しく待っていて、とも言っていない。


 今できることを考えて。

母が、澪へよく使う言葉だった。


 試験の前。

実験がうまくいかなかったとき。


 何かを一人で抱え込み、動けなくなっていたとき。

答えを教える代わりに、自分で選ばせるときの言葉。


「そのままの言葉ですか」

「はい。連絡担当者から受け取った記録を、そのままお伝えしています」


 母の声を聞いたわけではない。

相手を信用できる理由も、まだない。


 それでも、胸の奥に張りつめていたものが僅かに緩んだ。


「私からも、伝えられますか」

「短い内容であれば、お預かりします」


 澪は少し考えた。


「私は大丈夫。食事も取っています」


 十二番は黙って聞いている。


「お母さんも、少し休んで。そう伝えてください」

「承りました」

「言葉を変えずに」

「はい」


 十二番は空になった朝食の食器をワゴンへ載せた。


「ほかに必要なものはありますか」

「今はありません」

「では、失礼します」


 十二番が退室する。

扉が閉じ、内部で鍵の動く音がした。


 午前九時八分。


 澪はしばらく扉を見つめた。

それから机へ向かい、最初から置かれていたノートを開く。

午前九時三分、十二番入室。


 要求した物品を受領。

要求から一時間四十九分。

家族への連絡完了。

母から伝言あり。


 午前九時八分、十二番退室。

澪は、伝言の内容もそのまま記録した。


 ただし、そこから何を感じたのかは書かない。

母の言葉が本物である可能性。


 施設側が、外部との接触を完全には断っていないこと。

要求した物が、二時間足らずで揃えられたこと。

書籍一覧から意図的に除かれている情報。

それらは、頭の中だけに置いた。


 澪は新しい方眼ノートを開いた。

定規を当て、縦に線を引く。


時刻。

人物。

入室。

退室。

応答時間。


 確認できた事実だけを記録するための表。

推測を書く欄は作らなかった。


 相手が読むなら、読ませればいい。

何を見せ、何を隠しているのか。

それも、いずれ情報になる。

澪はシャープペンシルを持ち直した。

外へ出る方法は、まだ分からない。


 助けが来るという保証もない。

けれど、考えることまでは奪われていなかった。

定規を当て、線を引く位置を決める。

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